所壊メイズ

 

「お前等何処までいった」

跳びはねるような声音
嬉々のそれは紛れもない自分に向けられて
ゆっくりと振り返れば頬杖をついた、この国の皇帝が何が楽しいのか嫌味にしか見えない笑みを浮かべていた

「なんのことを言っているんです?」

手に持った数冊の本
上から順々に備えられた本棚の其々の居場所へ戻していく

「お前と、ガイラルディアの事だよ」

「何故そこで彼の名前が出てくるんですか」

理解しがたいですね。っと呟いて霞んだクリーム色の表紙の本を僅かに空いている隙間へ押し込む
本の角が木製の本棚に触れて軽い音を鳴らした

「別に隠すな、お前と俺の仲だろ?」

見ては居ないが、彼はきっと女性が見れば惚れ惚れするような笑みを浮かべているのだろう
只、それは自分にとって溜息の原因にしかなりえないのだが

「で、実際どうなんだ?もうやるとこまでやったか?」

一国の皇帝が下品ですよっと言葉を返したかったがやめておいた
この幼馴染にその様な事を言ったところでどうにも成らない事は知っている

「陛下、貴方は勘違いしているようなので言っておきますが、私とガイはそういった関係ではありませんよ」

「っは、冗談を言うなジェイド」

「いやですねぇー本当ですって」

残りは僅か3冊
一番上の真っ黒な本を手にとった
そのまま本棚の中に突っ込めば、自分の心境の変化を僅かに表に出すように、本棚と本の端の間で鋭い音が鳴った

「本当なのか・・・?」

本棚を一瞥して振り返る
自分の幼馴染である彼はとても驚いているっと顔で言って見せた

「嘘を言ってもしょうがないでしょう」

「日頃から嘘ばっかりのお前がまたそんな台詞・・・・」

その様に思われているなんて心外ですね。
そう言い捨てると、彼は酷く嫌そうな、哀れむような、怒る様な、そんな感情が入り混じった顔で此方を見た

「しかし、お前はガイラルディアの事大好きだろ?あれか、本命には手が出せない性質か」

「貴方の中では既に私がガイに惚れているっと決定なんですね」

「違うのか?」

「否定はしませんよ」

ホラ見ろ。っと嬉しそうな声が鼓膜に響く
自分としてはなんとも複雑な心境だ

「で、お前等なんで付き合ってないんだ?」

「・・・待って下さい、なんでそんな話を貴方にしなければいけないんですか」

「俺が退屈だから」

彼が皇帝でなければ、今の一言で彼に具現した槍を投げつけているところだ
自分の心中を察した様子で、彼は笑いながら冗談だ。っと言いのける
氷付けにでもしてやろうかと、本気で思った














本の整理が終わったジェイドに喉が渇いたっと言い持って来させた紅茶
上品過ぎる香りにはいつまでたっても好感を抱けない
それを舌の上で遊ばせて飲み下し、続いて溜息を透明で揺れる紅茶の水面に落とす

「ガイラルディアだってお前を好いてんだから、それなりの関係になりゃぁいいのに」

「貴方は何を言っているんですか」

「は?なにって・・・」

幼馴染の言葉に驚いてぱっと顔をあげる
彼も右手に自分と同じカップを持っていた

「ガイには想い人が居るでしょう」

「・・・・・・・・・・・・ほぉ、どこのどいつだ?」

噴出しそうになるのを堪えて
笑い出しそうに緩む顔の筋肉を引き攣らせ、堪える
表をかえずに、カップをテーブルの上に置いて彼を見る

「赤髪の子供など」

赤髪、ルークの事
確かに、ガイラルディアは彼には大きな愛を持っているがアレはどちらかと言うと母性愛だろ
それが見抜けないジェイドでもないと思っていたが
自分の呆れきった顔を見てジェイドが僅かに眉を寄せて
直ぐに視線を自分から外し、置かれているティーカップに手を伸ばす
既に湯気を出さなくなったぬるいであろう紅茶を彼は飲み込み
静かにその透明の茶色に紅い視線と、小さな言の葉を落とす

「死人ほど生きた人間を束縛する者も居ませんが」

死人
確かにその通りだ
ガイラルディアは死人の彼の名前を聞けば途端に黙り込み
只簸たすら彼の思考の世界に深けこみ、自分の理念を押し通し死んでいった彼を想う
だが、違うだろ
それと、これとは
もう居ない者を気にするなんてらしくない
自分の懐刀の彼はどうやら、恋物に対してかなり奥手らしい

「・・・・阿呆とは知っていたが、まさか重度の勘違い野郎でもあるとはな」

「なにがですか」

「なんでそうなるんだよ。どう見たってガイラルディアはお前に惚れてるだろうが」

己の愛しいブウサギの散歩を日課とする貴族の彼は
自分から見れば、幼馴染の彼に想いを寄せているなど一目瞭然だ
貴族の彼も感情を表に出さず、隠す事が上手い人物だ
だが、あの彼がジェイドに向ける笑みには他にはない色が浮かんでいるのはわかりきった事で

「冗談を」

そう言って紅い瞳を揺らす
目を細めて見えないものさえも見ようと躍起になる
馬鹿な親友に重い溜息が零れるのは仕様のない事
その時扉の向こうから僅かに聞こえた声
おそらく彼には聞こえていないし、知りもしない
此処は一つ、この馬鹿のために悪役になってやるのも悪くない
テーブルの上に手を伸ばし、カップの中身を飲み干した
案の定、紅茶は冷え切っていた
カチャリと音を立ててカラのそれをテーブルの上へと戻し
重い腰を上げ、書類の目の前に座っている彼の目の前へ足を進めた











足でノックを2回
返事がない
仕方がないので肘と背中を上手く使い目の前のドアノブと奮闘
ガチャリと小さな隙間が扉と壁の間に出来上がり
その僅かな間に爪先を差し入れて扉を開く

「旦那、頼まれてた資料と貴族院からの仕事の  」

依頼。っと続けたかったのだが
目の前の光景に愕然としてしまい
脳が思考を停止してしまった
何時もの執務用のテーブルに彼は座っていた
だが、違うのはそのテーブルを挟んだ向かい側に居る陛下の姿
こちらからは良く見とれないが
彼等の距離は近くて、近すぎて
脳みその中をグルリとある考えが一巡り

「ぁ、っ・・・悪い」

喉を掠めて声が外に飛び出した
そのまま自分の足も外へ向かっていて
部屋の直ぐ近くに居た兵に、手の中の資料を渡して後で大佐に頼みますっと兵の返事も聞かずに駆け出した
とり止めもない言葉の羅列だけが明確な意識の中
脳の中を行ったり来たりを繰り返していた








「ガイっ!?」

幼馴染の瞳が僅かに見開いて紅い瞳がレンズ越しに揺らいだのが見とれた
目を細めて、自分の描いた光景が僅かのズレもなく出来上がった事に唇の端をあげてみせる

「おー面白いほど上手くいったな」

僅かに開いたままの扉
先ほどまで其処に居た彼は既に駆けていってしまっている
ゆっくりとジェイドから身を離す

「陛下  」

「コラ、何ボサっとしてんだよ。追いかけろ馬鹿」

訝しげにこちらを睨みつけたままの彼に怒気を含んでそう言えば、彼は珍しく驚いた顔をしてみせた
その様子に溜息を再び重く吐き出して、乱暴に髪の毛をかきあげる

「人が折角お膳立てしてやったんだ、さっさと行け」

どっさっと再びソファに身を沈め目蓋を伏せる
軋むスプリングの音と自分のついた溜息が重なった

「誰も頼んでなどいないのですがね」

そんな声に続いて
荒く扉の開け放たれる音と、悲鳴を上げて閉まった扉の音が連続して部屋の中を揺らした










柄でもなく走った
と言うより駆け回った
物珍しい物を見るような視線を吾身一身に受け取って
それでも駆けて駆けて駆けて

見つけた

探していた黄金色の髪の毛は
僅かに緑の中から、太陽の光を反射して光っていた
足を組んで座り込んでいる彼に静かに近寄って、その背中に彼の名前を零す
ばっと振り返ったその顔は成人したが何処か幼さの残っている顔で
大きく見開かれた空色の瞳がポロリと落ちてしまわないかと可笑しな心配を胸に抱いた

「なん・・・で此処に・・・・?」

「貴方を探して」

そう言うと彼は更に驚いた様子を見せたが
それは直ぐにどこぞに仕舞い込んで
彼は笑みをその顔に貼り付けた

「あー・・・悪かったな、さっきは」

「なにがですか」

「その・・・邪魔しただろ」

ボソボソと小さな言葉で紡がれる彼の言葉
どうやら彼は勘違いしているようだ、陛下の思惑通りに

「勘違いしているようですが、私と陛下はそういった間柄ではないですよ」

「でも、さっき・・・」

「貴方からどう見えたかは分かりませんが、陛下は私の耳元で呟いただけです」

『後は上手くやれよ、ジェイド』
酷く楽しそうな言葉に続いて聞こえてきたのは目の前の彼の声
音のなくなった一瞬が酷く怖くなった記憶は真新しい
彼は黙って視線を下へ落とす
自分の位置では、彼の透き通る瞳が見えなくなってしまった













「信じられませんか?」

「・・・・・・」

何も言えない
何を言えば良いのかもわからない
胸の中で渦巻く感情に耳を傾けない事で必死なのだ、自分は

「それに、私には他に想い人が居ますので」

「そう・・・なのか?」

陛下だと思っていたが、それは先ほど彼が違うっと言った
それならば、誰だろうか
彼のもう一人の幼馴染だろうか、それとも彼が唯一尊敬する今は居ない恩師だろうか

「わかりませんか?」

「ぇ、あ・・あぁ」

「本当に?」

「あぁ、本当にわから  」

言葉が消えた。飲み込まれた

誰に?

彼に

自分の口が紡ぐはずだった言葉は、自分の唇を塞ぐ彼の口の中へと吸い込まれて
そのまま彼に喰われてしまった

「これでもわかりませんか?」

直ぐ傍にある紅い瞳
飲み込まれていく、自分
何も言えなかった
それでも彼の笑みがより一層深くなったのは
きっと、自分の顔が今までにないほど赤く色づいたからだろう

 

 

 

 

 

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い・た・だ・い・ちゃ・い・ま・し・た!!
東さんより、相互リンクのお礼に、とこんな素晴らしい小説を頂いちゃいました!!
私が「ジェイガイで片思いから両思いになって、最後はラブラブv的なもので!」とか
わけのわからんリクエストをしたというにも関わらず!!
快く引き受けて頂き、更にはこげな素敵な小説を…!!
あ、鼻血と涎が止まりません…(え)
東さん、本当にありがとうございましたっ!
大好きです!!(さり気なく告白)