一面の銀世界。

海沿いの街で長年暮らしたガイが初めて目にするものだった。



―綺麗だ



心からただ単純にそう思うほど、眼下に広がる世界は美しかった。

積み重ねられた雪の上に優しく落ちてくる白の結晶。

冷たいのに、どこか温かさを感じるそれはこの街出身の彼を象徴しているようだった。

吐息は白く染まり、名残惜し気に宙へと溶けていく。

街全体に、「静」の美しさがある。

ふと、自分の余生はそんな時を持つ土地で彼と一緒にいられれば、などと考えてしまい自然と笑みが溢れた。

1日1日が、未来が、次の一瞬が、こんなにも楽しみになったのはいつごろからだろう。

復讐ばかり考えていた頃とは180度違う「未来」を想像できる自分に内心驚いていた。

自分を変えた原因はひとつではないだろう、と思いながらも彼の作用は大きかった。

それほどまでに、ガイにとってジェイドは「大切な人」なのだ。



















Miracle of tears






















「う〜・・・さぶっ」

女性達が帰路につくころを見計らって散歩に行っていたガイが、急ぎ足で中へと入ってきた。

流石に雪空の下に長時間いると体が冷えるらしく、頬は赤く染まっている。

駆け込んだホテルの中は適度に温かく、動かなくなった指先は無くなった感覚を徐々に取り戻していった。

体に付いた雪を手で軽く払い落としながら、温かいコーヒーでも飲もうと思い急ぎ足で廊下を歩いた。

「旦那、コーヒーでも・・・」

てっきりいると思っていた人物に声をかけながらドアを開けるが、部屋は空っぽだった。

「・・・留守、か」

まぁいいさ、などと思いつつ空が暗くなり始めたのでカーテンを閉めようとガイは窓に近づいた。

カーテンを掴み、引こうと力を込める。

そこでふと外を見たガイの目が驚嘆に染まり、一点を見つめた。

見てはいけないものを、彼は見た。



「なんで」



なんで、

どうして





ジェイドが、女の人と一緒に

親し気に

家の中に入っていくのだろう



























目の前の事に集中しようとしても、頭の中を昨日の光景がちらつく。





―なにもかんがえられない






「ガイ、腕の怪我、大丈夫か?」

ルークが不安そうに覗きこむ。

腕に負った傷は深くはないものの、今日何度目ともしれないものだった。

「ああ・・・心配かけてすまないな、ルーク・・・」

「ガイ、なんだか今日おかしいですわよ?集中力が欠けているというか・・・」

ナタリアのセリフに、ガイが軽く目を伏せる。

表情は暗く、今にも泣き出してしまいそうなほどだった。

「・・・とりあえず、怪我の手当がてら休憩しましょう。そろそろお昼ですし。」

ティアが、適度に距離を取りながらガイの腕を覗きこんだ。

少し観察するように見たあと、ファーストエイドをかけようと手をかざす。

その時―・・・

「必要ありませんよ」

すっと伸びてきた指が、ティアの手首を掴んだ。

「この位なら、軽い手当で大丈夫ですよ。体力は温存しておいた方がいいですし、ね。あとは私に任せてください。」

あまりに真剣なジェイドの表情に、そこにいた3人が顔を見合わせる。

「・・・わかりました。大佐、お願いしますね」

そうして3人は離れ、食事の準備をしていたアニスとイオンの元へ行った。

正直、ガイには2人っきりにされるのが辛く、相手の顔も上手く見ることができない。

包帯が器用に腕に巻かれていくのをじっと見つめる。


何を言っていいのか、わからなかった。


そもそも、責めたいのか、泣き付きたいのか、それとも許したいのかさえわからなかった。

何があったか問う勇気も、真実を確かめる気力もない。

暫くの沈黙のあと、ジェイドが口をひらいた。

「・・・戦いに集中できないのならば、帰りなさい。・・・ハッキリ言って足手まとい、です。」

そう言われて初めてガイがジェイドの顔をみた。

目が合う。

真剣な目をして告げられたその一言が、一気にガイを突き放した。

色々な感情が頭に浮かび、脳みそが沸騰しそうになる。

一気に押し寄せた感情の波が、今までそれを抑えていた理性を、ぷっつりと切った。

「――ガ、イ?」

ジェイドの表情がこれまでにないものになった。

それはあまりに、いつものガイとかけ離れた行為だったからなのかもしれない。

ぽたぽたと、大粒の涙がガイの頬から顎へ流れ、そして落ちていく。








―心配もして貰えないほど俺はどうでもいい存在だったんだ









そう考えると無性に悔しくて、悲しくて。






涙が、止まらない。






「どうしたんですか、急に」

ジェイドの指が、ガイの頬におそるおそる、触れる。

尋ねても、口から漏れるのは吐息と、詰まるような嗚咽。

「謝りますから、泣き止んでください」



無理だ。




出来ないんだ、ジェイド




「お願いです」




したくてもできない、というのは言葉にならず、首を少しだけ横に振る。



少しの間のあとちゅ、と唇が瞼に触れた。

落ちてくるような口付けは、そのまま涙の軌跡を辿る。

その仕草が、どことなくガイを落ち着かせた。

「―止まり、ましたか・・・?」

そっと聞かれ、こくんと頷く。

「どうしました?貴方らしくない・・・」

「・・・昨日、旦那が女性といるのを見た」

ガイの睫毛が、微かに震える。

「どうでもよくなったんじゃないかと・・・思――」

急に口のなかがしょっぱくなって「私は、どうでもいい相手にこんなことしません」と言われて初めてキスされたんだと気づいた。

「・・・彼女は友人、ですよ。昔・・・軍に入る前ですが」



不安にさせてすみません、と小さく付け加える。

「旦那、嘘」

「じゃないですよ」

その証拠に少しだけ、頬が赤いことに気が付いた。

つられて、ガイの頬も紅潮する。



―ああ、なんだ


でも


本当に、よかった




「ひとつ言っておきますが、もう泣かないでくださいね」

ため息混じりに出されたセリフに、思わず笑いが溢れる。

「旦那の弱点見付けたり、だな」

ガイがからかうようににかっと笑いながら言う。

「ガイ限定で、ですけどね」

対して、ジェイドはさらりと告げる。





俺だって











あんたの為にしか泣かないさ
















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ちろるさんから相互リンクのお礼にと戴きましたv
よ、読みましたか!?
この素晴らしい小説を!!
私が「ガイが泣いて、ジェイドが焦る話」というしょうも無いリクエストをしたのにも関わらず、
快く引き受けて下さり、しかもこんな素晴らしい小説まで!!
うわ〜ん!ありがとうございます〜!!(嬉し泣き)
ちろるさん、本当にありがとうございました!
愛してますよ〜!!!(告白)