自分の心の確認作業の方法

 



自分の心が確かめたくて。


「陛下、新しい仕事を頂きに来たのですが」
謁見の間にて
水の王国の見目麗しき王は幼馴染の言葉にマリンブルーの瞳を見開いた。
「どうしたジェイド、熱でも出たか。それとも新手の嫌がらせか。
はっ!まさか書類におかしな事を書いて俺に嫌がらせをしようと…」
「本当にそうして貰いたいなら喜んでしますが」
そう冷たい赤い瞳で告げられれば
昔、本当にあまりの仕事量にジェイドがぶち切れて
数百枚あろうかという書類すべてに小さい頃の恥ずかしい思い出や、
ねちねちと嫌味を書かれた事を思い出した。
それを臣下に見られ、恥ずかしいやら書類の書き直しやらで本気で逃げたくなったものだ。

「…では何だ。そもそも仕事なら三日前に一週間はゆうに掛かる代物をやった筈だぞ」
そうなのだ。彼には三日前、大量の仕事を与えた筈なのだ。
兵士十人がかりで運んだ書類の塔を。
「そんなものとうに終わりましたよ。だからこうしてわざわざ仕事を貰いに来てるんじゃないですか」


………は?


「ちょっと待て…お前、どういう仕事の仕方をしてるんだ」
「睡眠を取らず、食事は水分のみ。執務室から一歩も出なければあの程度の仕事、終わりますよ」

…こいつ死にたいんだろうか?

「あ、別に死にたいわけじゃないですよv」
「思考を読むな」
「すいません、癖なものでv」

どんな癖だ…
しかしいつもちょっと(だいぶ)多めの仕事を与えれば嫌味を延々と言い続けるこの男が。
いつもの比じゃない量の仕事を短期間でこなし、更には自ら仕事を寄越せと言ってきているこの状況。
はっかり言って異常だ。
この賢しい男が何も考えなしにこんな行動を取る訳がない。

「…何を考えている、ジェイド」
僅かに目の下に隈が出来ているその男は、
しかし疲れた様子を全く見せず、寧ろ薄く笑って眼鏡を中指で上げた。
「そんな陛下がご心配なさるような深い考えはありませんよ。そう、ただ…」
「ただ?」


「実験なんです。自分自身の心を確認する為の実験」









ある日ふと気付いた。
自分の目が気付けば彼を追いかけていることに。

ある日ふと気付いた。
彼と話をしていると体の中が温かくなっていくことに。

ある日ふと気付いた。
時々自分の思考を掠める彼の存在に。

そして思った。
この感情を何と言うのか?
予想は立っている。
恐らくこれであろうという。
しかし確証がない。

ならば実験をすればいいではないか。



彼に会えない状況を作り、
尚且つ仕事を限界まで入れ仕事以外の事を考える時間と余裕を無くす。
それでももし、彼の事を考えてしまうならば、
彼に会いたいと思うならば、
これは





恋ではないかと。





「…と、思ったんですけどねぇ…。」
机の上は書類だらけで置くスペースなどなく、
ジェイドは仕方なく新しく貰った書類の束を机のわきに置いた。
そして深い溜息を一つ吐く。

実際はそんな甘くはなかった。
一瞬でも瞼を閉じれば眼に浮かぶのは
太陽のような暖かい笑顔をした金色の髪をした彼。
会いたいなどと云うレベルではない。
会わなくては苦しくて窒息してしまいそうだ。
「こんなに深く侵食されていたなんて…」
自分でも信じられない。
恋愛どころか感情自体乏しかった自分がたった一人の男にこんなにも溺れている。
「これはヤバイですね…」



「何がヤバイんだ?」





突然の声にジェイドは軽く目を見開き、声のした方を見た。
そこにはつい先程まで頭の中を埋め尽くしていた彼が立っていた。
「ガイ…」
一気に自分の中の乾いた部分が満たされていくのがわかった。
それと同時に悔しさにも似た後悔。

まさか私とあろうものが、部屋に入ってきた人物の気配すら気付かなかったなんて。
いつもなら部屋に入る前に気配で気付くのに、とんだ失態だ。

「珍しいな、というか初めてか。旦那が俺の気配に気付かないなんて。」
「ええ、自分でもビックリですよ。」
そうおどけて肩を上げて言えば、ガイは私の好きなあの笑顔を浮かべた。
だがすぐに表情を曇らせ、私の隣まで移動してきた。

「…最近ずっと篭もって仕事してたから疲れてるんじゃないか?大丈夫か?」

私の心配をしてくれている。
そのことも勿論嬉しいがそれよりも、

私がずっと篭もって仕事をしていた事を知っていた。
それが嬉しかった。

意識しているのは自分だけではないかと。
もしかしたら私と暫く会っていないことにさえ気付いてないのではないかと思っていたのに。



「フフッ…」
自然と笑みが零れる。
胸の辺りが温かくなっていく。
「ど、どうしたんだ?ジェイド。仕事のし過ぎでおかしくなったか?」
「いえ、今やっと実験の結果が出ましてね、嬉しくてつい。」
ガイはそのジェイドの言葉に小首を傾げる。
「実験?」
「そう実験。結果、知りたいですか?」
滅多に見れないであろうジェイドの上機嫌っぷり。

きっと余程凄い実験結果が出たのであろう。

ガイはもっぱら音機関ばっかりでジェイドのするような実験に関しては詳しくないが
ここまで嬉しそうなジェイドを見ていると気になってくるわけで。
「ああ、是非とも知りたいな。」
ガイのその言葉にジェイドは満面の笑みを浮かべ、吐息がかかるかと思うくらい近づく。
ガイは突然の至近距離に驚き、頬が少し紅く染まった。
「ジ、ジェイド?」





「私はどうやら貴方の事が好きなようです。」





一瞬の間。

その後、湯気が出るんじゃないかと思うほどガイの顔は一気に紅く染まった。
瞳は潤み、口をパクパクさせている。
「可愛い人ですねぇ。」
可愛くて可愛くて仕方ない。
口元に手をやり、そう笑いながら告げれば今度は耳まで紅く染まる。
「な、な、な…!」
「それで、貴方はこの結果をどう思いますか?」
「どうって…」
「『答え合わせ』をしたいんです。」

答えてくれますよね?
そう言って恥ずかしさのあまり俯いてしまったガイの顔を覗き込めば。
目を逸らし、聞こえるか聞こえないかくらいの小さい声でボソボソと一言。

「わかれよ、バカ…」

涙目で泣きそうな声で顔を真っ赤にしてこんなセリフを言われれば。
嬉しい訳がない。
嬉しくて楽しくて笑みが止まらない。

「ありがとうございます、ガイ。」
そう言ってガイをそっと抱き締めれば、更に心が侵食されていくのがわかった。



嗚呼、なんて幸せな


侵食。