白き花の冠、似合いしは

 

ブタがウザイ。


死霊使いと恐れられ、マルクト王国皇帝ピオニー九世陛下の懐刀として
他国にまで名が知られているジェイド・カーティス大佐は
宮殿の中庭へと繋がる開け放たれた扉の前でそんなことを考えていた。
近くにいる見張りの兵士達はジェイドの冷え切った表情と不機嫌絶好調のオーラで
恐ろしさのあまり小刻みに震えている。

そんな冷たい赤い瞳の先には一匹のブウサギ。
首輪を見れば一目瞭然。
これはピオニー陛下の可愛がっているブウサギで、名前は

ジェイド。

自分の名前がブウサギに付けられてるだけでも嫌だというのに、
こともあろうかこのブウサギは自分の行く手を阻むかのように入り口のど真ん中に佇んでいるのだ。
いや、恐らく違うであろう。
彼は見せ付けているのだ。
自分の頭の上に乗せられている黄色い花の冠を。

…ブタの頭に花の冠…


「ブタの分際で色気づきましたか…」


近くの兵士達がビクリと震えた。

しかしブウサギはそんな殺気さえも感じるオーラにびくつくこともなく、
寧ろ更に見せつけるようにジェイドの周りをゆっくりと一周し、そして中庭へ出て行った。

「…今夜はブウサギのハンバーグで決まりですね」
陛下もきっと涙を流して食べられることでしょうねぇ。

見張りの兵士達は恐怖のあまり鎧の下で泣いていた…。








本気でブウサギのハンバーグを作ろうと思ったわけではないが(少しは本気だったが)
一体誰があのブウサギの頭に花の冠を乗せたのか気になって、
ジェイドはブウサギの後についていった。
中庭というにはあまりにも広大なその場所は庭と言うよりも花畑だ。
色とりどりの花が風に吹かれ、綺麗に咲き誇っている。

あの花冠はメイドが乗せたのだろうか?
しかし一体何の為に?

そんな事を考えながらブウサギの後を追って中庭を歩いていると
中庭のちょうど中央辺りに見慣れた金髪が見えた。
太陽の光でキラキラと光っているその金髪を間違える筈がない。
恋人のガイだ。
彼は花畑に座り込んで何かに集中しているのか、自分がいることに全く気付いていない。
ブウサギはガイを見つけると先程よりもスピードを上げガイの元に擦り寄った。
「ん?なんだジェイド。そんなに花冠気に入ったのか?」
優しくブウサギの頭を撫でるガイ。
ブウサギは気持ち良さそうに目を細めてすりすりと頭をガイに擦り付けた。


成る程。あの花冠はガイが作ったのですね…。


そう思うと無償にあのブタに腹が立ってくる。
「家畜風情が…」
ボソッと小声で言うとガイが気付いたのかこちらを見て花のような笑顔を見せた。
…どうやら何を言ったかまでは聞こえなかったようだ。
「ジェイド」
「こんにちは、ガイ。こんなところで何をしてらしたんですか?」
先程の見張りの兵士達が見たら驚きのあまり口が閉まらくなるであろう、この変わり様。
人も殺せそうなオーラを放っていた男と同一人物には思えない、ガイにしか見せない笑顔を浮かべる。
ゆっくりとガイに近づけば、ガイは立ち上がり、ジェイドのもとへ小走りで駆け寄ってきた。
そして

「はい」

ふわっと花の香りが鼻を掠める。

頭の上に乗せられた何か。
ゆっくりとその乗せられた何かに触れてみれば、それは。

「花冠…?」

「ああ」
ガイは腰に両手をあて、満足そうに笑った。


「うん、やっぱりジェイドには白い花が似合うな」


私に白い花が…?
白い花が似合うのは寧ろ…


「ガイラルディア様。陛下がお呼びです」
そんな自分の思考を遮るようにいつの間にか現れた兵士の声。
「わかった。今行くよ」
走って来た兵士はガイの返事を聞くと一礼し、花畑の中を走って戻って行った。
「じゃあまた後で。行くぞ、ジェイド」

宮殿の中へ戻って行くガイ。そしてその後を追うブウサギ。
その姿を見つめながら、ジェイドは自分の頭に載っている花冠を手に取った。
白い花が綺麗に丁寧に編み込まれている。

「私などより…」

そう、白い花はガイに似合う。
この白い花に負けず綺麗で真っ白な心を持った彼に。



ああそうだ。
今度彼に白い花を贈ろうか。
白い花は貴方にこそ似合う、と。





そう言えばきっと貴方はこの花よりも綺麗な笑顔を見せるだろうから。