あなたはあの時、
久しぶりにルークに会いたいから、暫くバチカルに滞在することにする、
と言った。
どのくらい滞在する予定なんですか、と訊くと

わからない。でも毎日手紙を書くよ。と、



そう笑顔で言った。

























ガイがバチカルに行って2週間。
何度か会いにバチカルに行こうと思ったが、
仕事があったし、ガイから毎日手紙が来るので、
ガイがいないという空虚感が手紙によって和らぎ、
ガイに会いに行く事もなく日々は過ぎていった。


ガイの手紙はバチカルであった何気ないことや、ルークのこと、
そしてどうせ仕事ばかりしているんだろう、とか
食事はしっかり取っているのか?とか決まって私を気遣う文が書かれていた。


それに対し、私は毎日ではないが手紙を返した。
自分のこと、陛下のこと、ブウサギのこと。
そして私も決まって体調管理には気をつけるように、と書いた。
彼は人一倍、人を気遣い、人一倍自分自身には無頓着なので心配だった。








そんな遣り取りが続き、3ヶ月が経ったある日、
何の前触れもなく、

ガイからの手紙が途絶えた。

手紙を書きたくない日だってあるだろうし、
毎日書いていたから書く事も無くなったんだろう、と
最初はあまり気にしなかった。

いや、気にしないようにしていた。

しかし、手紙が途絶えて1週間経つと、
保っていた余裕が無くなっていった。
何かあったのかと気になって仕事も手につかない。
少し落ち着こうと喉に流し込んだ紅茶が、
いつもガイが淹れてくれていた紅茶と味が違うことに気付いて、
落ち着くどころか逆効果だった。

ふと、

彼の笑顔が見たくなった。








手紙が途絶えてから8日目、手紙がきた。
しかし、それはあのどこか軟らかで整った、綺麗な字を書くガイのものではなくて、
お世辞にも綺麗とは言い難い字の、ルークからの手紙だった。
あきらかに急いで書いたとわかる筆跡で、

「急いでバチカルに来てくれ」

そう書いてあった。



どうしようもない不安に襲われる。

この急ぎの文が、
ぱったりと途絶えたガイの手紙と関係がなければいい。
ガイはきっといつものように笑みを浮かべて、ルークの屋敷がいる。
この急ぎの用と、ガイとは関係ない、と自分に言い聞かせた。

けれど嫌な予感と不安は膨らむ一方で。

一刻も早くガイに会いたくて、陛下に無理を言い、
小さな軍艦を一隻出してもらった。
定期船等は休憩や荷積み等のため、何ヶ所か立ち寄るので、
どうしても目的地に着くのが遅くなる。
国境を越えるとならば尚更だ。
軍艦ならばその問題はクリアできる。
しかし、そのままキムラスカ領に入ってしまうと、奇襲と思われるのは必至なので、
先に伝書をバチカルに飛ばし、出航した。




軍艦の中の一室で、私はガイのことを考えていた。

いや、ガイのことしか考えられなかった。

まだあの手紙がガイと関係していると決まった訳ではないのに。



今すぐガイに会いたい。


ガイに会ったら、抱き締めて、口付けたい。
そして「この私が心配してしまったではないですか」と言えば、あなたはきっと
「すまなかったな。俺はこの通り元気だよ」と言って、きっと笑って抱き締め返してくれる。
そうであってほしい。

そう願い、拳を強く握り締めた。





















先に出しといた伝書のお陰で、何の問題もなくバチカルに入港できた。
港に着き、すぐに私は走ってルークの屋敷へ向った。
こんなに全力で走るなんて何年振りだろうか。
周りの人間が不思議そうにこちらを見る。
そんなのを気にする余裕も暇もなく、屋敷へと急いだ。

息があがり、苦しい。
心臓がバクバクと音をたてる。

バチカルの最上層、ルークの屋敷の扉を少々乱暴に開けた。
扉のバンッと大きな音が響き、中にいたメイドがびっくりして私を見た。
しかし、話は聞いていたようで、すぐに
「ジェイド・カーティス様ですね。こちらです」と、私を案内した。








案内された場所は、以前一度だけ来たことがある…

ガイの部屋だった。

メイドは扉の前に立つと軽くノックし、
「ジェイド・カーティス様がお見えになりました」と告げ、
私に会釈し、去っていった。


ガイの部屋に案内されたということは
やはりガイに関係することなのだろうか。

そう思うと今まで早くガイに会いたいと思っていたのに、
この扉を開けたくないと思った。

しかし、このまま扉を開けないわけにはいかない。
きっとこの扉を開ければ、ガイが笑ってそこにいるから。
そう震える自分自身に言い聞かせ、


扉をゆっくりと開けた。



























「おそいよ、ジェイド…」


扉を開けるとそこには今まで見たことがない程、
生気が無く、無表情のルークと、

青白い顔でベッドに横たわっているガイの姿があった。




声が出ない。










「さっき、息を引き取ったんだ」












一番聞きたくない言葉だった。

本当は心のどこかで、思っていた。
けれど信じたくなかった。


実際、目の前の彼は、ただ眠っているだけのように見えて。

私は動こうとしない体を無理矢理動かして、
手袋を外し、ゆっくりとガイの頬に触れた。



冷たかった。



いつもは自分より体温が高くて、温かかった彼の頬が
とても冷たかった。

「ガイさ、病気だったんだって。もう長くないって医者に言われて、
ジェイド仕事忙しいし、心配かけたくないからってこっちに来たんだ。
ジェイドには知られたくないって…」


馬鹿な人だ。


「どんどん体が動かなくなってって、手紙も書けなくなってさ、
そんな時、ぽつりと言ったんだ。
『ジェイドに会いたい』って。
だから俺、手紙出したんだ」


本当に


「馬鹿な人ですね…」



優しく、冷たくなった頬を撫ぜる。






すみませんでした。
貴方に会いに行かなくて。
すみませんでした。
間にあわなくて。

本当に馬鹿なのは




私だ。









「…ジェイド。ガイをグランコクマに連れて帰ってくれないかな。
ガイ、息を引き取る前に、グランコクマに帰りたいって言ってたから…」

「…わかりました」

ガイの体を抱き上げる。
本来、力の抜けた肉体は重くなる筈なのに、
ガイの体は以前より痩せていて、軽かった。


「…ルーク、ガイを看取って下さって、有難うございました」


ガイを抱き上げたまま、扉を開け、部屋を出た。
扉を閉めると、部屋の中から「ガイ」と泣きながら何度も彼の名前を呼ぶ、
ルークの声が聞こえた。
















軍艦に戻るまでの途中、ガイを抱き抱えて歩く私を
周りの人々は目を見開き、道を開けてくれるかのように避けていった。
中には口元に手をやり、目を逸らす人もいた。

軍艦に着くと兵士達は一瞬目を大きく開き、
そして辛そうな表情で敬礼をして道を開けた。









私が軍艦の一室に入ると、すぐに軍艦は出航した。
私はガイを抱き抱えたまま、窓の近くの椅子に座った。
そしてそのままガイの金糸を撫で、綺麗な顔を見つめる。

私の好きな、あの蒼い瞳が見れないのが残念だった。





どのくらいそうしていただろうか。
気付くと窓から小さくグランコクマが見えた。

「ガイ、見えますか?グランコクマですよ。貴方が帰りたいと言った…」


突然視界がぼやけた。
同時に何かが自分の頬を伝っていく。


ああ、自分は泣いているのか。


そう気付くと、涙は止めどなく流れ続けた。
ガイの顔にぱたぱたと音をたてて、涙が落ちる。



初めてわかった。

人の死というものが。

こんなにも苦しく辛いものだったのか。




「ガイ…ガイっ…!」

私はきつくガイの体を抱き締め、冷たい唇に口付けをした。
「ガイ…名前を呼んで下さい…」
ジェイド、と。



あの、澄み渡った空のような蒼い瞳が

あの、眩しいくらいの太陽の笑顔が

今、堪らなく見たかった。






























「あれから10年ですか…」


グランコクマの宮殿の中庭、
花に囲まれた小さな墓石の前で、
ジェイドは墓に目線を合わせるようにしゃがみ込んでいた。

「貴方のいない世界でよく10年も生きられたもんですよ」

彼の頭を撫でるように墓をゆっくりと撫でる。


「でも、もう限界みたいです…」


貴方のいない世界は色がまるで無くて。
後を追ってそちらに行ったら、きっと貴方は怒るだろうから。
この色の無い、モノクロの世界で何も感じず、
ただ生きてきた。



「そろそろそちらに行ってもいいですか…?ガイ…」



そっと抱き締めるように墓石に腕をまわす。
そして額を冷たい墓石に当てた。



目を

ゆっくりと

閉じる―――。















「ジェイド、ここにいたのか」
ピオニーがジェイドの姿を見つけ、ゆっくりと歩いていく。
中庭の中心、ガイの墓を抱き締めるようにして動かないジェイドに
ピオニーは不思議そうに近づいた。


「ジェイド…?」


やわらかな花の香りのする風が、
ジェイドの髪を撫でた。

































「ガイ…」

「ジェイド…ようやく会えたな…」

「ええ…
…これからはずっと傍にいて下さるんですよね?」

「ああ、ずっと傍にいるよ。
ずっと…」

 

 

 

 

 

色褪せる世界、色付く心