胸締め付けられるような幸せ ―後編―

 

すっかりと夜は更け日付も変わり、軍の本部は数人の兵士がいるだけだった。
その中をこそこそと気付かれないように入り、ジェイドの執務室に向かう。
軍の本部に貴族が一人、隠れるようにこそこそと歩くその姿は誰がどうみても不審者だ。
本当は明日…といっても既に日付では今日だが、プレゼントを渡そうと思っていた。
しかし、一度寝てしまうと、プレゼントを渡す勇気が無くなってしまいそうで、
そのまま執務室に来たのだ。
ずっと通路を歩いていき、一番奥の部屋、ジェイドの執務室が見えた。
それと共に見えたのは、大量のプレゼントの山。
「………」
驚きのあまり目を大きく開き、言葉も出ない。


本当だったのか…。


嘘だとは思っていなかったが、実際目の当たりにすると凄い。
下の方のプレゼントを引き抜けば雪崩がおきそうだ。
俺は、その光景を見た途端、プレゼントを渡しづらくなった。
これだけのプレゼントを貰って、更に好きな人ではない人間からプレゼントを貰って…
はっきり言って迷惑だろう。
現に大量のプレゼントが邪魔だと言わんばかりに部屋の外に山積みにされているのだ。


迷惑、だよなぁ…。


ジェイドは好きな人から貰ったもの以外、興味が無いと言っていた。
ならば今、手に持っているこれもそうだろう。
きっと捨てられるか、他の人の手に渡るかの運命。
「…ここに置いていくか」
渡しても、この山の1個として置いていっても同じ運命を辿るのならば、
ここに置いていこう。
無数のプレゼントの1個として。
ガイはふと思い立って先程店主から貰った四葉のクローバーを、箱を彩るリボンに挿した。



ジェイド…あんたは覚えていないんだろうな。
この四つ葉のクローバーを…。



昔を懐かしんで、笑みがもれた。
俺がジェイドに恋をする切欠だった四葉のクローバー。
それが今、その恋を終わらせるものになろうとしている。
「幸せになってくれよ…旦那」
そっと、クローバーが付けられた箱を、プレゼントの山に置いた。
今、俺は一つの恋を、捨てた。
これからはジェイドの幸せだけを願おう。
「ちょっと、今すぐには無理かもしれないけど、な…」
頬に何か伝ったことに、
気付かない振りをした。

























「いい天気、だなぁ」
グランコクマは今日も晴天で。
いつもならば自分も天気につられてウキウキしながら歩いているのだが、
昨日の今日でそんな気分にもなれず。
しかも寝不足の所為か、欠伸が止まらない。
中庭を歩きながら、また一つ欠伸をした。

「おやおや、寝不足ですか?」

肩が、跳ねる。
ゆっくりと振り向くと、そこには。
「だ、んな…」
いつもの笑みを浮かべ、両手を軍服に入れたいつもの出で立ちでジェイドが立っていた。
「おや、どうしたんです?元気がないようですが」
「い、いや、そんなことはないさ」
この思いを捨てると、諦めると昨日誓ったのに、
なのに、それが今、ジェイドの姿を見ただけであっさりと元に戻りかける。
危ない。
そう思って俺はジェイドから目を逸らした。
「そ、そういえば今日誕生日だったよな。おめでとう」
さも、今思い出したかのように言えば、
ジェイドが笑う気配がした。


「ありがとうございます。あと、プレゼントもね」


その発言に俺は視線をジェイドに向ける。
先程まで軍服に突っ込んでいたジェイドの手は外に出され、そしてその手には

あの懐中時計があった。

「…!なんで、それ…!」
「四葉のクローバーが挿してありましたからね。しかも中身は音機関。
すぐに貴方だとわかりましたよ」

四葉のクローバー。
覚えていてくれたのか。

捨てた筈の感情が、また戻ってくる。
駄目だ、これ以上は。
折角、折角捨てたというのに。
諦めたというのに。

「…好きな人以外のプレゼントに興味は無かったんじゃないのか?」
声が強張っているのが自分でもわかった。
それに対してジェイドはいつもより柔らかい笑みで返す。


「ええ。だからですよ。
好きな人からのプレゼントは大切にするんです」


もう、無理だ。
この思いは捨てられない。


ジェイドの胸をこぶしで軽く叩いた。
「せっかく…旦那のこと、諦めようと思ったのに…!」
「それは困りますね。私は諦めるつもりなどさらさらありませんし、
貴方を離すつもりなどありませんから」
ふわりと、ジェイドに抱き締められた。
俺の好きな、ジェイドの匂いに包まれる。
何かが、胸に込み上げてきた。
「四葉のクローバーには人を幸せにする力があるというのは本当かもしれませんね。
…ガイ、貴方には幸せは訪れましたか?」


ジェイドの腕の中で、俺は笑った。
「ああ、凄い幸せだよ」
そして、俺は返すように、ジェイドの背中に腕をまわした。
































「うわ…凄いな…。陛下が来たのか…」
ジェイドの執務室に書類を届けに来たのだが、
あまりの汚さに驚いて動きが止まった。
あらゆる本が散乱している。
どうやら陛下が遊びに来ていたようだ。
しかし今は陛下も、この部屋の主もいない。
とりあえず片付けようと、手に持っていた書類を机の上に置く。
「…?」
机の上に一冊の本が置いてあった。
ジェイドが読んでいたのだろうか。

ジェイドが本を出したままにするなんて、珍しいな…。

その本を手に取り、何気なくパラパラとページを捲った。
すると本の間から何かがはらりと落ちる。
「ん?なんだ?」
床に落ちたそれを拾い上げる。

それは四葉のクローバーだった。
「これって…あの時の…」
俺がプレゼントと一緒に置いた…



「ガイ、ここにいましたか」
突然ドアが開いてジェイドが顔を出す。
俺は慌ててクローバーを本の間に戻し、閉じた。
「なんだい、旦那」
「行きたいところがあるんです。付いて来てもらえませんか?」
にこりと微笑まれて、俺は顔が赤くなった気がした。

ジェイドの、俺にだけ見せる笑顔は心臓に悪い。

顔の赤い俺を見てジェイドが面白そうに笑う。
「付き合い始めて一年経つというのに、貴方はいつまで経っても初々しいですねぇ」
「う、うるさいっ!」
顔が熱い。
真っ赤になってるだろう顔を隠そうと腕を顔の前に上げると、
その腕をいつの間にか傍にきたジェイドに掴まれる。
そして手を繋がれる。
「さ、行きますよ」
「え、え、え!?このまま!?」
「勿論ですv」
ずるずると引き摺られるように本部の中を歩く。
周りの兵士達の視線が痛い。
いつも自分ばかりからかわれて、ジェイドは余裕たっぷりで…。
こうやって手を繋いでいるのも、絶対自分の反応を見て楽しむためで。
自分の中で、なんとかしてジェイドにも同じ気持ちを味あわせてやりたいという思いが出てくる。
ずるずる引き摺られながらも、どうしたらジェイドを動揺させれるか考える。
その時、先程の本に挟まれた四葉のクローバーを思い出した。

これならジェイドを動揺させれるかも…。

大切にあの時のクローバーを取っておいたとしたら。
それを相手に知られたら、普通なら恥ずかしい筈だ。
「なぁ、ジェイド。机の上に置いてあった本の間に四葉のクローバーが挟んであったんだけど、あれって…」
「えぇ。貴方に貰ったクローバーですよ。大切な人から貰ったものですからねぇ、捨てられなくてv」

…しまった…こいつ、普通じゃないんだった…。

にっこりと笑って、さも当たり前かのように言われ逆にこっちが照れる。
そして追い討ちをかけるようにジェイドは軍服から懐中時計を慣れた手付きで取り出した。

俺が一年前、ジェイドにあげた懐中時計。

思い出して更に顔が熱くなる。

ちくしょう、やられた。
自分が吹っ掛けた事に気付き、しかも逆にそれを利用するなんて。
こいつにはきっと一生かかっても敵わない。

「ああ、もうこんな時間ですか。ほらほら、急いで」
わざとらしくいうジェイドに脱力する。
「大した急いでないクセに…」
時間を気にしたわけではなくて、
俺に懐中時計を見せつけるためにわざわざ軍服から取り出したんだろう。
俺の様子を見て先程よりも更に上機嫌になった彼に、俺は密かに笑った。




































外に出て、更に歩く。
大の大人が二人、手を繋いで歩く。
しかも両方男だ。
嫌でも注目を浴びてしまう。
俺は恥ずかしくて、前を見れなかった。
ずるずると連れていかれる。
かなり歩いただろうか。
「つきましたよ」
「…?」
ジェイドの声に顔を上げた。
目の前には見覚えのある建物。
「ここ、礼拝堂…?」
「はい、そうです。どうぞ」
入るように促されて、大人しく中に入った。
そのまま、奥へと進む。
礼拝堂の中には誰もいなくて、
窓から差し込む光さえも神秘的に見えた。
この礼拝堂という特別な空間の所為だろうか。
「ガイ。ここに立って、こちらを向いてください」
ジェイドが何をしたいのかわからず、俺は言われるがままにジェイドの目の前に立ち、
ジェイドを見た。
ジェイドはそれに満足そうに笑う。
「では、今度は左手を私に差し出していただけますか。
あ、グローブは取って下さいねv」

何なんだ?

よく分からないが、それに従う。
左手のグローブを取ってジェイドに差し出した。
ジェイドはその手にそっと触れ、もう片方の手で軍服から何かを取り出したかと思うと、
それを左手の薬指に嵌めた。



銀色の、指輪だった。



「え…?」
ジェイドはそのまま、指輪を嵌めた手を持ち上げ、口付ける。
まるで、何かの儀式のように。
「ジェイド…?」


「私、ジェイド・カーティスはこの先、永遠にガイラルディア・ガラン・ガルディオスを愛し、
共に生きることを誓います」


ジェイドがその赤い瞳で俺を見つめる。
その瞳から目が離せない。
「私は神など信じていませんからね。貴方と私自身に誓いますよ。
そちらの方がよっぽど現実的で、信じられる確かなものでしょう?」
美しく微笑む彼に、俺の心臓は高鳴るばかりで。
「…永遠なんて信じてなかったんじゃないのかよ」
「ええ、信じてませんよ。ただ思ったんです。

貴方となら永遠というものに近づけるんじゃないかと」


不覚にも涙が出そうになった。
それでも目が離せなくて。
離したくなくて。

ジェイドは自身の左手のグローブも取り、差し出した。
そして、反対の手で、俺の手に銀色の指輪を渡した。
「貴方も、誓っていただけますか…?」
手が、震えた。
震える手でジェイドの左手を取り、指輪を薬指にゆっくりと嵌める。


そして、誓う。
ジェイドと、俺自身に。


「私、ガイラルディア・ガラン・ガルディオスは永遠にジェイド・カーティスを愛し、
共に生きることを誓いますっ…」

声さえも震えた。
涙が流れるのを堪えるので精一杯だった。
頬に触れる、ぬくもり。
優しく、暖かい微笑み。

「では、誓いのキスを…」

目を、閉じる。
唇にジェイドのぬくもりを感じた。









人がもし、幸せで死ねると言うのならば。


俺は今、死んでしまうのだろう。





この胸締め付けられるような
幸せで。