初めて会ったあの時から、俺の心はあんたの赤い瞳に奪われてしまったんだ。
無意識にその姿を追ってしまう。
姿が見えなくなると周りに気付かれないように目で探す。
他の人と話をしていてもあんたの事を考えてしまう。
自分の行動、全てがあんたに繋がっていて、自分自身に呆れてしまう。
でもそんな自分が嫌ではなくて。
心を奪われた。
そしてお互いの思いを告げて、
体も奪われた。
所謂、『女役』と云われる、男同士の場合負担が圧倒的に掛かる方の役だったが
それでも嫌じゃなかった。
寧ろ嬉しかった。
心も体も奪われて、俺には何もない。
けれどそこにあるのは空虚感ではなく、
あるのは充足感。
大人な幼子
ほんの一瞬の油断だった。
ルークの調子が悪かった。
だから戦闘中、俺はルークになるべく敵が行かないように自分に引き付けつつ、
尚且つルークの様子を気にしながら戦っていた。
要するに気が散漫だったのだ。
敵が背後から近寄ってきていることに気付いていなかった。
気配に気付き、振り向いた時には既に遅く、
敵の爪が自分の左肩から胸元にかけて深く切り裂いた。
肉の裂かれる、嫌な音が聞こえた。
「ぐあぁっ…!」
「ガイ!!」
痛みのあまり、地面に膝をつき、傷口を抑える。
血液がぼたぼたと地面に落ち、赤黒い染みを作っていく。
「ガイ!」
ルークが慌てて駆け寄り、俺の体を支える。
結構傷が深い為か、ティアとナタリアが二人掛かりで回復譜術を唱え始めた。
光に包まれる傷口がほんのりと温かい。
「は…敵、は…?」
呼吸が整わない。
喉に詰まり、声がなかなか出なかった。
「敵はもう倒しましたよ」
ジェイドが倒したのだろう。
少し遅れてジェイドが俺の傍に来た。
「傷はどうです?」
「一応塞ぎましたが、完全には…。激しく動かなければ問題は無いと思います」
大きく切り裂かれ、血に染まった服。
切り裂かれた間から見える白い肌には確かに完全には塞がっておらず、
うっすらと傷口が残っているのが見えた。
「あと少しで街に着きます。今日はそこで宿をとりましょう。
それまで大丈夫ですか?ガイ」
「ああ、問題ない。すまないな、迷惑かけて」
実際、傷口は触ったら少し痛むくらいで普通に行動をする上では全く支障はなさそうだった。
「ガイ、ごめん。俺の所為で…」
「ルーク」
どうやら自分の調子が悪かったことに気付いていたようだ。
泣きそうな顔で謝るルークの顔を優しく撫でる。
鮮やかな赤い髪がさらさらと気持ちいい。
「お前の所為じゃないよ。気にすんなって」
笑ってそう言えば、表情は曇ったままだが頷いた。
それにまた笑って、更に頭を撫でる。
その姿を赤い瞳がずっと見つめていた事に
俺は気付いていなかった。
「やっと寝たか…」
宿屋の一室、ベッドが二つある部屋。
今日はその二人部屋に俺とルークが寝るということになった。
それは俺が望んだことだった。
ルークは仲間が今日のような深い傷を負った日は、必ず眠れなくなる。
無意識の内に仲間を失うかもしれないという恐怖心が心を支配するのだろう。
そういう時、決まって俺はルークと同室になる。
そして、ルークを落ち着かせる為に、眠れるようにと、
ルークが眠りにつくまでずっと手を握っている。
他に何をするわけでもない。会話もない。
只、手を握っているだけ。
それだけだが、温もりが、僅かに伝わる血液の流れが、「命」を感じさせ、
ルークを酷く安心させるのだ。
手を握り始め一時間ちょっと。
やっと聞こえた寝息にガイはそっと握っていた手を放した。
手の平はじっとりと汗をかいていた。
只手を握っていただけとはいえ、やはり疲れるもので、俺は軽く息を吐き、
隣のベッドに潜り込もうとした、その時だった。
コンコン
「ガイ、起きてますか?」
控えめな、けれどもはっきりと通る声。
ジェイドだ。
既に夜も更け、日付も変わった時間に一体何の用だろうか。
ルークを起こさぬようにと静かにドアを開けた。
目の前には普段見ないような真剣な顔をしたジェイド。
「どうしたんだ、旦那…こんな時間に」
「ガイ、私の部屋に宜しいですか?」
ここでは話せないようなことなのだろうか。
しかし、ここで話してはルークを起こしてしまうかもしれないし…。
こくり、と俺は頷いた。
「いいぜ、ルークも今寝たところだったしな」
「…また手を握っていたのですか」
「ああ、まあな」
ジェイドの言葉に隠された感情に気付かず、
俺は部屋の外に出てそっとドアを閉めた。
静かな宿。
聞こえるのは自分達の足音だけだ。
少し歩いて着いたジェイドの部屋。
ジェイドはドアを開け、俺に入るようにと促す。
俺はそのまま部屋に入り、続いてジェイドが入った。
そして後ろ手にドアを閉め、鍵をかけた。
「ジェイド…?」
鍵をかけた音に俺は振り返る。
話をするだけならば鍵をかける必要など無いのだから。
いつもと様子の違うジェイドを不思議に思い、
どうしたのかと聞こうとした、その時。
「ぅわっ!ジェイド!?」
ふわりと持ち上げられる体。
ジェイドは俺の体を持ち上げ、肩に担ぐようにして移動し、
窓辺にあるベッドに俺を投げ下ろした。
「っつ!」
俺の体を受け止めたベッドが軋む。
いくらベッドとはいえ、投げ下ろされた体は痛みを感じた。
そのままジェイドは片手で俺の両手首を頭の上に固定し、
空いてる方の手で俺のシャツのボタンを乱暴に外していく。
「ジェイ…んぅ…っ!!」
制止させようと開いた口はジェイドの口によって塞がれた。
舌が進入し、荒っぽく口内を侵していく。
吐息さえも奪われるような激しい口付けに俺の視界はぼやけていく。
酸素が不足して頭が回らない。
何故こんなことになっているのか。
逃げようと手を力いっぱい動かそうとするが、ジェイドの手に抑えつけられ、全く動かない。
譜術士とはいえ、流石は軍人といったところだろうか。
その間もジェイドの手は止まらず、ボタンを外し、服を乱していく。
口付けから開放された時にはシャツのボタンは全て外され、上半身は裸に近い上体だった。
「っは、ぁ、はぁっ…」
必死に呼吸を整える。
その時、左肩に激痛が走った。
「ああぁっ!!」
ジェイドが、今日敵によって付けられた傷を思いっきり押したのだ。
まだ完治していなかった傷は押されたことにより開き、再び血を流し始める。
ジェイドはその開いた傷口に唇を寄せ、血を吸い尽くさんばかりに吸い、舐める。
「んっ、あ…」
少しの痛みと、わけのわからない感覚が傷口から伝わる。
一頻り舐め、満足したのかジェイドが肩口から顔を上げた。
俺は突然こんな暴挙に出たジェイドに怒りが湧かないわけがなく、目の前の男を睨み付ける。
しかし、すぐに俺の目は見開かれた。
あまりにジェイドの瞳が辛そうなもので。
この瞳は怒り?
哀しみ?
わからない。
わからないけれども一つだけ分かっていること。
俺は体の力を全て抜いた。
ベッドに深く体を沈める。
「…何を焦ってるんだ?ジェイド」
そう、彼は何かに焦っているのだ。
それだけは何故かわかった。
その言葉にジェイドは更に辛そうに目を細め、俺の両手首を抑え付けていた手を放した。
そして、その手を俺の頬に当て、優しく撫でる。
温かかった。
ついさっきまであんな乱暴な行為をした人間とは思えない、優しい手つき。
「すみません…しかし、焦らずにはいられなかった…」
「どうしてだ?」
「ルークに…貴方を奪われてしまいそうで…」
その答えに呆気に取られた。
そんなこと、有り得るはずが無いというのに。
何故なら俺は、初めて会ったあの時から、
ジェイドのモノなのだから。
「そんなこと、あるわけないだろ」
「いえ。私は貴方のものです。初めて会ったあの時から。私の全ては貴方に奪われた。
心も何もかも全て。けれど貴方は違う。いくら貴方の全てを奪おうとしても奪えない。
…貴方は私のものにはならない…私は貴方が欲しくて堪らないんです…」
ああ、ジェイドは気付いていないのだ。
俺はジェイドがするように、ジェイドの頬に手を当て、ゆっくりと撫でた。
そして、笑う。
「俺はあんたのモノだよ。初めて会ったあの時からずっと。
全部あんたに奪われた。心も体も全部。
それでもまだ欲しいと言うのか?」
ジェイドが俺を抱き締める。
俺の肩口に顔を埋め。
長い髪が首を掠め、くすぐったかった。
「欲しいですよ。まだまだ足りない」
口付けが降りてくる。
最初のような荒々しいものではなくて、優しくて温かい口付け。
「もっと、もっと、もっと、欲しいんです。
貴方の全てを下さい。ガイ」
今度は俺からジェイドに口付ける。
ゆっくりと、
何度も。
「やるよ。全部あんたのモノなんだから。
…そのかわり、あんたの全部をくれよ、ジェイド」
ジェイドが笑った。
そしてまた口付け。
唇だけではなく、額、瞼、頬、首。
体中にキスを降らせていく。
血がまだ滲む傷口も、今度は癒すようにゆっくりと優しく口付けて、舐める。
ジェイドのキスに溺れながら思った。
ああ、気付いていなかったのは俺もだったのか。
どんなに奪われても、全て無くなるなんてことは無いのだ。
何故ならこうして口付けあって、体を重ねる度に奪われ、そして奪うのだから。
奪い、奪われる関係。
だからこそ、いくら奪われてもそこにあるのは空虚感ではなく充足感なのだ。
どんなに奪っても奪われる。
いくら奪われてもまた奪う。
お互いが、まだ足りないんだと、
欲しくて堪らないんだと、
求めて止まないのだ。
そう、まるで幼子のように。