こんなにも苦しい思いがあるとは思わなかった。


今すぐ息の根を止めてくれ、と懇願したくなるような思いは。









「殺せよ」
「何だ、いきなり」
丑三つ時も過ぎた、夜中。
実の兄であるこの男は突然現れ、俺の抵抗をあっさりと受け流し、口付けを仕掛けてくる。
先程の自分の言葉にも全く動じず、この男は「何が楽しいんだ」と言いたくなるくらい顔中にキスをする。

「で?なんでそんなこと言ったの?」
ぺろり、と頬を舐められる。
体がぶるりと震えた。

「…苦しいんだよ…!お前のこと考えただけで…、だから…っ!」





いっそのこと殺してくれ。

お前の手で。


楽になりたいんだ。






「最高の殺し文句だな」
目の前の男はさも嬉しそうに笑い、俺の首元に顔を埋めた。
温かくて柔らかいものが首を這う。
「…っ、何が…っ」

「だって、俺のことを考えただけで死にたくなるほど苦しくなるんだろ?
しかも自分の最期を俺に託すなんて、最高だね」

「んっ…!」
首にチクリとした痛みが走る。
きっと其処には赤い痕が付いたに違いない。
この男は恐らく知っているのだ。

自分が鏡に映った己の姿に赤い痕を見つける度、苦しくなるのを。

そう思って、俺はまた、苦しくなる。
死んで楽になりたいと思えるくらいに。



「駄目だよ、良守。お前はこれからもずっと苦しみ続けるんだから。
だって俺はお前を手放すつもりなんてないからね。

俺の腕の中で一生苦しみ続けるんだよ、お前は」



布団の上に押し倒されて、仕事着を肌蹴られ、また全身に痕を付けられる。
死刑宣告のような言葉に(死んだ方がいいのだからこの例えはおかしいのだが)俺は
永遠に続く地獄に突き落とされたような気がしながらも、
どこか安堵を感じていて、

死にたいのなら自ら命を絶てばいいのに、
殺してくれと言って兄に縋り、ぬくもりを得る。


「やっ、あぁ…!」

「もっと苦しみなよ、良守」


矛盾している自分に気付き、
俺はまた苦しくなって

殺してくれと、懇願するのだ。


 

 

いっそのこと

 

 

 

この苦しみが快楽に変わってしまう前に。