それは正しく一目惚れだった。

 

 

 

 

 

遥か彼方の人
<前編>

 

 

 

 

学校帰り、何時もの通学路を一人歩く。
薄らと赤くなり始めた空を見上げ、「明日も晴れるかな」などと考える。

この角を曲がれば家はもうすぐ。

スカートの裾をひらりと揺らしながら角を曲がった先。
そこには見慣れた人物と見慣れない人物が立っていた。

一人はお隣さんで、年上の幼馴染の時音。
楽しそうに話している。
もう一人は…。


時音の姿を確認した後、誰と話してるのかと、
相手を見た瞬間、良守の動きと思考回路は止まった。
黒い瞳が大きくなっていく。


なんだと言うんだろう。
体が動かなくて、心拍数が上がっていくのが手に取るようにわかる。
顔が熱くなっていき、瞳が潤んでいく。
視線を外すことが、出来ない。

坊主頭の背が高い男の人。
髭が生えていて、額に三日月のような傷が見える。
黒いジャケットを着たその人は学校で見るクラスメイト達よりも
比べ物にならない程、格好良くて、大人で、『男』だ。
服装から見て大学生、だろうか。

初めて見たその人に良守は目を奪われ、
ただ立っていた。



もしかして、これが、
一目惚れというやつなのだろうか。



クラスメイトが教室でよく騒いでいるのを聞くが、
いつも自分は「そんなん、あるわけねぇじゃん」と半分馬鹿にして聞いていた。
そもそも恋をしたいと思った事も無ければ、男に興味を持った事も無い自分にとって、
恋愛話など、右から左へ流すような、どうでもいいことだった。
大体、どんな人間かもわからないのに好きになるということが全く理解できなかった。
外見だけで好きになるなんて馬鹿な奴だと、そう思ってた。
いや、今も現に思ってる。


だが、俺は見知らぬ、初めて見た男に、
間違いなく全てを奪われた。

外見じゃない、外見も含めだが、
内から溢れ出ている何かに、
この男の全てに惹かれているのだ、自分は。



どの位立ち竦んでいたかはわからない。
視線の先の二人は全く良守に気付いておらず、
そのまま男の方は時音に笑って何か一言喋り、
どこかに行ってしまった。
そこで初めて時音は、少し離れた所で突っ立っている良守に気付いた。

「良守じゃない、どうしたのよ。そんなところで立ち止まって」

良守のいつもとは違う感じに時音は不思議に思いながら近付く。
良守の視線は先程から全く動かない。

「?良守?」
「と、きね…さっきの人誰…?」

声が、震える。

「さっきの人?ああ、もしかして正守さんのこと?」

正守。
それがあの人の名前。

「そう言えば良守は会った事無かったっけ。
昔近くに住んでて、よく私と遊んでくれたのよ。今は引っ越して一人暮らししてるみたいなんだけど」

まさもり。

小さい声で名前を呟く。
もう姿は無いその人の姿が目の奥に焼きついて離れない。

「良守?どうしたのよ」

「時音、どうしよう…」






一目惚れを、してしまった。