静まり返った闇の中、
音を立てないようにして襖を開ける。

部屋の中には月明かりに照らされた眠り姫。


ゆっくりと近付き、すぐ傍に座る。
月の光で浮かび上がる弟の顔はいつもより白く見えた。
布団の上に放り出されている右手をそっと掴む。
そして掌に浮かび上がる方印に口付けた。

掌の温かさに安堵を覚え、
そのまま舌を出し、舐めた。
方印を舌で何度もなぞる。
唾液で濡れた手が月光で闇の中、静かに光る。


「ん…」


小さく漏れた声。
その声に意識が覚醒し始めてる事を悟る。
方印をもう一舐めして、跡が残るくらいキツク吸い上げれば、
瞼が持ち上げられ、黒い瞳が現れた。


「…っ!?兄貴!?っつ…!!」


薄らと開いた目が俺を確認した瞬間、大きく見開かれた。
手を振り払い、勢いよく上体を起こす。
が、その瞬間、脇腹を抑え、バランスを崩した。

「無理をするな」

素早く良守の体を支え、胸元に引き寄せた。
痛くて動きたくないのか、それとも抵抗しても無駄だとわかっているのか、
小さい体は素直にすっぽりと収まった。

その小さくて、温かい体を抱き締める。

「兄貴…苦しい」

腕の中訴えてくる声。
無意識に腕に力が入ってしまっていたようだ。
腕の力を少し緩める。
けれど抱き締める事はやめない。

「かなり深い傷だと聞いたぞ」

声に僅かだが怒気がこもる。
響いた声に闇が震える。

「兄貴、怒ってるのか…?」

戸惑いがちに、そして不思議そうに訊いてきた声に俺は何も答えず、
ただサラサラとした髪に顔を埋めた。



怒ってるか、だと?
怒っているに決まっている。

お前は全く知らない。
気付いていない。

俺がどんなにお前を欲しているか。
どんなに執着しているか!

どうしてもっと自分を大切にしないのか。
何故こんなにも自分を省みないのか。
俺の気持ちも知らず、
突っ走って、帰ってくる度に傷を増やしているお前に腹が立つ。

だが、それ以上に。

妖によって良守が深い傷を負ったという事実に怒りが湧きあがってくる。
これでもし、良守が命を落としたら。






俺の知らないところで良守が死ぬなんて耐えられないことだ。





















徐々に腕の中の重みが増していく。
抱き締められて温かい所為か、眠ってしまったようだ。
閉じられた目に一つ、口付けて、
俺はぽつりと呟いた。


「お前の最期は、俺の腕の中であってほしいよ…」




愛しいお前が俺の知らないところで最期の時を迎えるなんて許さない。



良守。

お前の最期はどうか



俺の腕の中で。












「考えとくよ…」




「!?」




寝たと思い込んでいた。
耳に届いた言葉に、驚く。
そして、ついさっきまで苛立ち、腹を立てていたのが嘘のように消え、
それとは逆の感情が胸に込み上げてきた。

顔が緩む。



「ん、考えといて」





 

 

希わくは

 

 

 

なんて我儘で、贅沢な願い。