「あの、正守さん…」

戸惑いがちに、隣にいる男の人を見上げる。
背の高い、その人は黒いジャケットを着ていて。
この人に黒はとても似合う。

「ん?何?あ、アイス美味しくなかった?」

目を細め、優しく聞いてくる。
その笑顔が、凄い好きだ。

「いえ、美味しいんですけど…」

そう言われ、自分の手に持っているアイスを見る。
コーンに乗っている少しかけたチョコレートアイスは
ついさっき正守が買ってくれたもの。

「それは良かった。あ、良守さ、さん付け、止めよう?」
「え…」

突然の提案に正守の目を見て止まる。

「俺も良守って呼んでるんだし。ほら、言ってみて」

促され、口を開く。
ただ、名前を言うだけなのに、酷く緊張する。
心臓が大きく鳴り、口の中が一気に乾いていく気がした。

「ま、正守…」

小さく呟いた名前。
その一言に、正守は酷く満足そうに笑った。

「ん、よく出来ました。あと、敬語も禁止。ね」
「え…!?そんなの無理です…!」

名前はなんとかなる…気がする。
でも敬語は無理だ。
7歳も年上の人にタメ口をきくなんて。
困った表情をした俺を安心させる為か、大きな手が俺の頭を優しく撫でる。

「出来る出来る。大丈夫。さ、次は何処行こうか」

アイスを持っていない方の手を握られる。
その行為に俺は思わず俺は小さくだが、声を出してしまった。

「?手、繋ぐの嫌?」
「い、いえ…」
「敬語」

指摘されて、なんとか直す。

「嫌じゃないけど…」

言い直した言葉に、正守はまた笑って。

「じゃあ繋いでもいいかな?俺、良守と手繋いで歩きたいんだけど」

顔が熱い。
こくりと頷けば、強く手を握られて。
その大きくてさらさらとした手に、俺はまた顔を赤くした。

けれど俺は、
その大きな手を握り返す事が出来なかった。

 

 

 

 

 

近すぎて見えぬ人
<前編>

 

 

 

 

バレンタインから一ヶ月が経とうとしていた。
数週間前に言われたさん付け、敬語禁止令にも大分慣れ、
今では普通に名前で呼び、敬語も使わずに話せるようになった。

けれど、どうしても慣れないことが一つ。

外で正守の隣にいることは、どうしても慣れなかった。


外は誰が見ているか知れない。
自分の知り合いならば構わない。
けれど正守の知り合いに見られてしまったら。
俺が正守の彼女だと知られてしまったら。

7歳も年下の中学生だ。
きっとよからぬ事を言われてしまう。

正守が周りからそんな目で見られ、陰で言われるなんて、嫌だった。

だからデートに誘われた時は、なるべく人がいないところを選んだし、
あまりくっつかないようにもした。


友達が教室で新しい店がオープンしたから彼氏と行って来た、
というのを楽しそうに、嬉しそうに話しているのを聞いて、
俺も行きたいな、と何回も思った。

正守と一緒に行けたらどんなに楽しいだろうか。
手を繋いで、普通の恋人達のように歩けたら、
どんなに幸せだろうか。

けど、そんなことが出来る筈が無い。
凄く、凄く行きたかったけど。
正守と色んなところに行きたいけれど。
全て、我慢した。


一目惚れした、あんな格好良い男の人と付き合っているのだ。
それだけで、もう充分満足だ。
これ以上を望むなんて、我儘だ。

普通の恋人達のように堂々と付き合いたいなんて、贅沢なのだ。


正守の為。
正守の為。

グッと堪える。


…コソコソと付き合うのは、酷く疲れるけれど。



































学校帰り。
友達が行っていたオープンしたばかりの喫茶店に良守はいた。
人通りの多い所にある店だったから、
正守とは行けないので、せめて、と思い一人で行った。
お茶もケーキも美味しかった。
けど。

正守と食べたかったなぁ。

二人で食べたら、もっと美味しく感じるんだろうな。

そんな考えに苦笑して、店を出た。
外はすっかり夕日に染まっていて、
会社や学校帰りの人達でいっぱいだった。

まだ肌寒い季節。
マフラーを首に巻いて、家へ帰ろうとした時。




遠くにちらり、と正守が見えた。


そして隣に並んで歩く、時音の姿も。




「…っ…」
目が見開かれる。


二人は何か楽しそうに、笑いあいながら会話をしていて、
そのままアクセサリショップに入って行った。




それを呆然と立ち竦み、見ている。
動けなかった。









時音は、綺麗だ。
それは幼馴染の自分がよく知っている。
美人で、スタイルが良くて、頭も良くて。
本当に綺麗で、格好良い。

きっと男の人の理想像だろう。



正守も、そうなのかな。




「そう、だろうなぁ…」


正守は、時音のこと、好きなのかな。

時音の方が、綺麗だし、
一緒に歩いていても変な目で見られないし。



俺は時音も、正守も、大好きだ。
だから、二人が付き合うなら。

「いいかな…」



何故だかわからないけど、泣いてしまいたい気分になって、
家に向かって走った。







いつか、いつか必ず別れは来ると思ってる。
あの大人で格好良い人と、
子供の俺とではあまりにつりあわないから。

その時が少し早いだけだ。









正守が別れようって言ったら、
俺は笑って別れられるように、頑張るよ。