午前中は晴れ渡り、眩しいくらいの光が降り注いでいたというのに。
今はそれが嘘であったかのような雨。

すっかり日も落ち降り続く雨は、外の暗闇で見えないが、
窓に流れ続ける水と、静まり返った己の部屋に響き渡る雨音で
今もかなりの勢いで降っている事がわかる。

ガイは一つ溜息を吐き、外を見ないようにと、
窓に背を向けベッドに座った。

キシッ、とベッドが鳴る。


「天気まであの日と同じかよ…」


あの日も、朝はとても良い天気で、幼かった俺はお気に入りの花畑へ
いつものように行こうとしていた。
その時、怒声や悲鳴が辺りから聞こえ、


そして。


俺は雨の中、血塗れになって立っていた。
数時間前までの青い空も、
暖かいお日様も、
綺麗な花畑も、
何処にも無くて。

あるのは空を覆い尽くす鉛色の雲と
体温を奪っていく雨と
血でどす黒く変わってしまった大地、
そして、自分をきつく抱き締めるペールの姿だった。


あの時と同じ天気に、
只でさえ今日という日に乱れていた心が更に波打ち、暗くなっていく。

上がった湿度の所為で、ねっとりとまとわりつく空気が更に己を不快にさせる。



今日は自分の誕生日。

そして

ホドの、
姉上達の命日。




嗚呼。
血の臭いがする。





闇に咲く光




 

実際に血の臭いがするわけではない。

だが今日という日、そしてこの天気に記憶が揺さぶられ、
あの時の臭いが蘇ってくるのだ。

「くそ…!」

きっとこの室内に響く雨音がいけないのだ。

ガイは音を防ごうと両手で耳を塞いだ。
力一杯耳を掌で押えても微かに聞こえる雨音。

その音は確実にガイの精神を痛めつけていった。





お願いだから止めてくれ。
この音を止めてくれ。
この日を早く終わらせてくれ。

誰か。

「誰か…!」


助けて。








コンコン。









「っ!」

突然部屋に響いた扉を叩く音。
控えめな、けれども雨音しか聞こえないこの空間には充分な大きさのその音に
ガイは肩をビクリと震わせた。

メイド達には今日は部屋に近付かないようにと言ってある。
ならば、誰だ。

透視するかのようにガイは扉の奥にいる見えない人物を見つめ、
気配を探った。
その時、部屋に再び雨音以外の音が木霊する。


「入りますよ、ガイ」


その声は酷く俺を安心させた。


ゆっくりと扉が開かれ、先程の声の人物が部屋に足を踏み入れる。

その男の姿を見て、ガイは目を丸くした。


「ジェイド…それ、どうしたんだ?」


ジェイドが手に持っている物に視線が注がれる。

それは白い花が大量に包まれた、大きな花束だった。

雨の所為で高い湿度によって、花の香りが普段より濃厚に部屋に広がっていく。
その息苦しささえ感じる花の匂いに、知らずと眉間に皺がよった。
そんなガイの表情を見て、ジェイドは苦笑する。

「そんな顔しないでくださいよ。貴方の為に持って来たんですから」
「俺の…?」

滅多に見る事のない優しい笑顔でジェイドはガイに花束を渡す。

花の匂いが更に強く香った。


「Happy birthday. ガイラルディア」

「……!」


決して忘れていたわけではない。
只、己の誕生日よりも、あの悲惨な出来事の方が頭を占め片隅に追いやられていたのだ。



真っ白な、一点の穢れも無い、花。
その花はあまりに自分には似つかわしくなくて。
「ありがとう」と言って受け取れるほど俺は過去と決別が出来てなくて。

何も言葉が出なかった。



「貴方の考えている事はわかります」

白い花に向けられていた視線が目の前の男に向けられる。
赤い瞳は慈しむように、それでいて少し悲しげに、見つめていた。

「その花は私の気持ちですから。何も考えず、受け取って下さい」


そう言って、そっと落ちてきた唇に、
俺はゆっくりと、瞳を閉じた。












































汗ばむ白い肌。
その上下する胸の頂に唇を落とせば、
敏感な体はビクリと跳ね、中を締め付ける。

その感覚に酔い痴れながら、ジェイドはガイの額に張り付く前髪を払い、口付けた。

「ガイ、大丈夫ですか?」

ジェイドの言葉にガイは頷いた。
目尻に溜まった涙が零れ落ちる。

その涙を舐めとって、首筋に赤い花を咲かせた。

「んっ…」

体が熱い。
何度しても慣れることの無い行為。
ジェイドに触れられた箇所から、楔を打たれた秘所から、
じわじわと毒のように侵していく熱に言い様もない感覚に襲われる。

何かに縋らなくてはおかしくなってしまいそうで、ジェイドの肩にしがみ付き、爪を立てた。

「動きますよ」

ゆっくりと動き出したことにより、快楽が体を駆け巡り、
秘所からはぬちゅ、と水音が響く。

その気持ち良すぎる快楽が、卑猥な音が、全てが聞きたくなくて、
ガイは震える手で耳を塞いだ。

「あ、あっ、んぁ…っ」




聞きたくない。
何も聞きたくない。

なんでこんな優しく抱くんだ。

もっと酷く、追い詰めるように、責め立てるように、犯すように抱いてくれ。

今日だけは、
今日だけは。

何も考えられないくらい、酷く抱いてくれ…!!





「ガイ」

必死に耳を塞いでいた腕を掴まれた。
遮断するものが無くなり、途端に聞こえてくる全て。

「い、やだ…!手、離し…!」
「ガイ、聞いて下さい」

優しく、語り掛けるような声が、鼓膜を震わす。

「私は、今日が貴方にとってどんなに辛い日か、わかっています」

赤い瞳に、情けない自分の顔が映る。

「けれど、私にとっては今日は大切な日なんです。
貴方が…ガイラルディアが生まれた日ですから。
貴方が生まれてこなければ、
あの日、貴方の家族や屋敷の人達が貴方を守ってくれなければ、

私は貴方と出会う事が出来なかったのですから」



こうして、抱き合っている『今』という時間に感謝している。




「生まれてきてくれて、生き残ってくれて、私を愛してくれて。
有難うございます、ガイ」




「あ、んぁ、ああっ」

再び揺すられて、部屋に響きだした音に、
自分の嬌声に、今度は耳を塞がなかった。

「ひっああ、んっ!」

「ガイ…」

昂ぶり、密を流し続ける自身を強く擦られ、
肉壁を抉るように突かれる。
その快楽に、徐々に頭が白くなっていく。
腕をジェイドの首に回し、隙間が無いくらいに密着して、
一つになる。

「ジェイ、ド…っ、俺も、あんたに会えて、よかった…っ」



姉上。
父上。
母上。
屋敷の皆。

ありがとう。




「…っんあ、あああ…っ!」





意識が沈んでいく瞬間、

姉上の笑顔が見えた気がした。












































突然の光に、ジェイドはゆっくりと瞼を持ち上げた。

開けられたカーテン。
差し込む光の中、ガイが立っていた。

「おはよう。起こしちまったな」

「いえ、構いませんよ」

外の晴れ渡った空に負けないくらいの笑顔のガイに、ジェイドも思わず微笑む。

「昨日はあんな天気だったのにな。凄い良い天気だ」
「そのようですね。…?ガイ、その花…」

窓辺の花瓶に生けてある一輪の白い花。
その花は確か昨日、ガイにあげたもので。

「ああ、折角ジェイドから貰ったものだし、ドライフラワーにしようと思ったんだけど、
一輪だけ、姉上達にあげようと思って」

良かったかな?と首を傾げる青年に、ジェイドは少し目を見開き、そして笑った。

「貴方にあげたものですから。構いませんよ。…喜ぶといいですね」

「喜ぶさ!」



光の中笑うガイは、とても綺麗だった。