「あー、降ってきちゃったな」
上空からふわふわと落ちてくる雪を掌で受け止める。
瞬時に溶けた雪を見届けて、天を仰ぐ。
雪雲の僅かな隙間から白い月が覗いていた。
息を一つ、吐く。
白い息は空気に溶けて消えた。
「今夜は冷える」
自分の1メートル程先に結界を作り、そこに向かって飛ぶ。
眼下には静まりかえった、けれども所々に明かりが灯っている夜景、
そして烏森が見える。
もう少し近くで見たくて、階段のように結界を作っていき、
徐々に降りていく。
烏森の様子がはっきりとわかる距離まできて、
そこで正守は足場にしている結界の上に胡座をかいて座った。
暗闇の中、烏森の校庭を見れば、黒い装束を身に纏った少年と、白い犬の妖。
「黒姫」
何もない空間が揺れ、波紋を広げ黒い魚が現れる。
「見て御覧」
その言葉に従い、黒い魚は校庭を見る。
視線の先にいる少年は一つ、くしゃみをして身を震わせていた。
「寒そうだな」
ヒヒ、と笑い、頬杖をついて見つめる。
少年の吐いた息が白く染まるのが見えた。
自分もハァ、と息を吐く。
それもまた、白く染まる。
当たり前のことだが、良守と同じだということが何故か嬉しく思った。
同じ空気を吸い、同じ寒さを感じ、同じく息を白くする。
それが嬉しくて、また笑った。
校庭の少年は、自分が見られていることに気付く様子は無く、
掌にハァ、と息を吐き、両手を刷り合わせている。
その様子が酷く幼く見えて、思わず微笑む。
「可愛いなぁ」
きっとこのままずっと見ていても飽きる事はないだろう。
微笑みながら見続けていると、黒姫がパクパクと口を動かした。
「ん?ああ、これを渡そうと思ってさ」
黒姫に見せるように持っていた風呂敷を持ち上げる。
深い緑色の風呂敷は何かを包み込んでいて、膨らんでいる。
「一つはいつも通りお土産のお菓子。もう一つは良守へのプレゼント」
また、黒姫の口がパクパクと動く。
「何、気になる?」
黒姫の、大きな黒い目を見ながら、ニヤリと笑う。
「中身はね、マフラー。最近寒かったからさ、丁度良いと思って」
再び、烏森の少年に目を向ける。
「橙色のマフラーでさ、絶対似合うと思うんだよね」
明るい太陽の色は、あの少年によく似合う。
このマフラーを渡せば、彼はきっと照れながらブツブツと何か言って、
それでも頬を赤らめながら受け取るのだ。
そして、自分が見ていない時に、こっそりと身に付けてくれるに違いない。
可愛くて可愛くて仕様が無い。
「あ」
視線の先の少年が、何かに躓いて転んだ。
その動きがまた。
「可愛い」
どんどん目が細くなって、口角が上がっていくのがわかる。
あの愛しい存在に俺はすっかり骨抜きだ。
黒姫が口を開く。
その『声』に、俺は笑って立ち上がった。
「そうだな、そろそろ行くか」
愛しい存在を抱き締める為に。
惚気話
嗚呼、なんと可愛いことか!