「私はなんということを…。
私はこのような事を望んではいなかったというのに…」
恐ろしい程静かな空間。
女の涙に濡れた声が木霊する。
「ユリア様…」
アグライア
〜ヒュプノス目覚めしとき〜
「変わらないなぁ…」
見上げた『光の帝都』バチカルは8年前見た時と変わらず壮大な姿で
懐かしさのあまり目を細める。
「懐かしさに浸っている場合ではありませんよ。
急がなくては、貴方の格好は目立つのですから。
ほら、周りが気付いてざわつき始めてしまったではないですか」
「俺の所為か!?絶対あんたの方が目立ってるから!」
「…私から言わせてもらうと二人とも目立ってるんだけど…」
宮殿へと向かう三人を人々は憧れと畏怖の目で見つめ、
道を開けるように避けていった。
この世界で彼らを知らない者は恐らくいないだろう。
8年前、この世界を救った英雄達を。
「陛下、マルクトとダアトから使者が参りました」
「うむ、お通ししろ」
謁見の間の巨大な門が開かれ、使者と呼ばれた人物が姿を現した。
三人はキムラスカ国王とキムラスカ女王ナタリアの前、10m程に一列になって並んだ。
「マルクトの使者として参りました、ジェイド・カーティス少将です」
「同じく、ガイラルディア・ガラン・ガルディオスです」
「ダアトの使者として参りました、アニス・タトリン師団長です」
「よくぞ参られた、英雄達よ」
キムラスカ国王は慈しむような目で三人に笑顔を向ける。
「久しぶりですわね、ガイ、ジェイド、アニス」
あの戦いから8年、ナタリアは更に美しくなり、王族としての気品と威厳が感じられた。
「君はまた美しくなったね、ナタリア」
「まぁ。貴方も素敵な殿方になられましたわね、ガイ」
最後に全員が会ったのはルークが戻ってきたあの日、今より5年前の話だ。
その時まだどこか幼さが残っていたガイはすっかり大人の顔になり、雰囲気も以前より落ち着きがある。
服装も白を基調とした軍服のような服を着ている。
マルクトの一貴族でしかなかった彼は8年前の戦いでの戦闘能力を買われ、
ジェイドと共に軍の仕事に参加していく内に更に力を付け、
『神速ガイラルディア』と世界中に知られるまでになった。
彼のその体にフィットしている服は神速と謳われる彼の実力を最大限に活かす為のものだろう。
ジェイドはあの戦いで功績を称えられ、少将に昇格した。
もう40歳を越えるというのに相変わらず前線に立ち、『死霊使い』の名を世界に轟かせている。
外見は8年前、始めて出会った時から恐ろしさを感じる程、全く変わらない。
まるで8年前の彼が今、目の前に立っているかのようだ。
この三人の中で一番外見が変わったのはアニスだろう。
8年前13歳だった少女も今では21歳、立派な大人の女性だ。
背も伸び、度々話題にも昇った胸も随分成長した。
教団を立て直す!と言っていた彼女はその言葉通り、
教団の為に尽くし、実力も買われ今や師団長にまで上り詰めた。
大人になったものの、武器であるぬいぐるみのトクナガを常に持ち歩き、
髪型も昔のままなので実年齢よりも幼く見える。
「申し訳ありませんが、懐かしむのは後にしまして、本題に入らせて頂いても宜しいですか?」
ジェイドが静かな声で言うと「あ、申し訳ありませんわ」と「ああ、すまない」とが同時に聞こえた。
そんなジェイドを横目で見ながらアニスがニヤニヤ笑っている。
「…なんですか、アニス」
「いえ〜、な〜んでも〜v」
「?????」
二人の態度に意味が分からずガイは頭にクエッションマークを浮かべ、隣にいるジェイドを見る。
しかしジェイドはそれに気付きながらも気付いてない振りをして話を進めようとした、その時。
扉が勢いよく開かれた音が謁見の間に響いた。
全員が驚き、ドアの方を見るとそこには赤い髪の男の姿。
「ガイ!」
「ルーク!」
赤い髪の男…ルークは走り出し、ガイに抱きつく。
「久しぶり、ガイ!」
「はは、ルーク、久しぶりだな」
「ジェイドとアニスも久しぶり」
抱きついていた体を離し、今思い出したかのようにその一言。
勿論、ジェイドとアニスは気分がいい訳もなく。
「ふむ、私達はガイのついでということですか」
「ガイはもってもてだね〜v」
ルークの乱入によって本題に入るどころではないこの場に更に乱入者が現れた。
「ルーク!まだ謁見中だと言うのに…!」
「ティア!」
ルークを急いで追ってきたのだろう。
少し息を切らして謁見の間に入って来たのはティアだった。
ティアは今、神託の盾を抜けバチカルに住んでいる。
先日、近々ティアと結婚する、とルークからガイに手紙が届いた。
恐らく、ルークとの生活の準備の為にバチカルに移ったのだろう。
8年前はどこか無理をしている節があったティアも今はそんなのを全く感じさせない。
ルークは相変わらず子供っぽさを残しているが、
外見は顔立ちがキリッとしてあの時から5年経ったのだと思わせる。
「ごめんなさい、まだ駄目だと言ったのに、いきなり走り出してしまって…」
「構いませんよ。それに貴方達にも聞いて頂いた方が都合がいいかもしれない。
…話を再開しても宜しいでしょうか?」
意味深な発言をし、キムラスカ国王に尋ねると、国王は大きく頷いた。
「先日、届いた文書に書かれていたことであろう。…レプリカの大規模な失踪事件の件だな」
「はい」
あれから8年。世界は確実に平和へと少しずつではあるが歩んでいた。
大きな事件もなく、崩壊した街の復興やレプリカの保護運動など
やっと平和への兆しが見え始めたところに起きた大きな事件。
それがレプリカの大規模な失踪事件であった。
三ヶ月程前から世界各地からレプリカが消えていった。
前日までいつもと変わらぬ生活をしていた彼らが、朝になると忽然と姿を消しているのだ。
しかも一人や二人ではない。
一つの街で何十人、何百人という数だ。
特に書き置き等もなく、皆が寝静まった夜中にいなくなったと思われる。
しかし、何の前触れもなく、失踪するような理由もない彼らが、何故、突然いなくなったのか。
しかも世界各地で。
三ヶ月経った今も全く何一つ謎は解明されず、しかも失踪したレプリカは一人として発見されていない。
流石にこれはおかしい。何か裏がある。しかもかなり大きく深い裏が。
そう思ったマルクト王国皇帝ピオニー9世はキムラスカ、ダアトと協力し、この事件の解明・解決をしようと考え、
ジェイドとガイを派遣、協力を要請する伝書をダアトとキムラスカに送ったのだった。
「この事件に陛下が思うような何か巨大な裏があるかはわかりません。
しかし、世界各地でレプリカが大量失踪したのは事実です。
是非ともキムラスカ王国にも協力を願いたいと…」
「勿論だ。我が国キムラスカも是非とも協力させていただきたい。では我が国からは…」
「伯父上…」
ルークが何か言いたそうにキムラスカ国王へ視線を向けた。
その視線に気付き、国王は僅かに口元を緩め笑う。
「…ルークとティアを派遣しよう。彼らはレプリカに関しても他の兵士達よりも詳しいし、理解がある。
…それに、全く知らぬ兵士よりも気心が知れてて行動し易かろう」
国王陛下の言葉を聞いてルークは笑顔をこぼす。
「叔父上、ありがとうございます」
「お父様、わたくしも…」
ナタリアの言葉にわかっている、とキムラスカ国王は苦笑を漏らした。
「うむ、キムラスカ王国レプリカ人権保護委員会委員長としてついて行き、責務を果たしておいで。
…しかし、くれぐれも無茶はしないように…」
その言葉にナタリアは満面の笑みを浮かべる。
「わかっております。しっかりと責務を果たし、無事に戻って参ります」
「では、早速ですが、今日中にはベルケンドへ向かいたいので、準備が出来次第広場に集合としましょう」
「ベルケンド…つい先日、レプリカの失踪事件があった街ですね」
ベルケンド。
そこはつい一週間程前に数十人のレプリカが失踪した町だった。
ベルケンドも他の地域同様、真夜中の内にレプリカが失踪、朝になると殆どのレプリカがいなくなっていた。
「そこで状況確認等をして情報を仕入れようかと。
一週間前ですからね、まだ軍で手に入れていない情報があるかもしれません。」
「わかりました。では後程広場で…」
ルーク、ティア、ナタリアはそれぞれ自分の荷物を纏めに戻った。
ガイはファブレ夫妻に挨拶をしたいということでルークと共にファブレ家へ行った。
残ったアニスとジェイドは特に準備をすることもなく、広場で皆を待つことに。
「大佐〜」
「アニス、私はもう大佐ではなく少将です。…まぁ構いませんけどね。で、何です?」
アニスはジェイドに聞きたいことがあったようで、二人きりになってからずっとニヤニヤとジェイドの顔を見ていた。
「んもう、聞かなくてもわかってるんじゃないですか〜?ガイとはどうなんですか、
8年前のハ・ツ・コ・イからv」
「やれやれ、やはりその話ですか…」
何を隠そう、ジェイドは8年前、初めて恋というものをした。
しかもその相手は男であり、旅を共にする仲間のガイで。
ジェイドはもともと顔や態度に出すような人間ではなかったので、皆そのことに気付いていなかったが、
妙に敏いアニスにはバレてしまった。
しかしアニスは当時13歳ではあったが考え方は大人のもので、誰にも言うことなく見守ってきたのだ。
あれから8年、どうなったか気にならない方がおかしいというものだ。
「ご期待にそえなくて申し訳ないのですが、何もありませんよ」
……
「…はい?」
アニスの時が止まったように見えた。
ピタリと止まり信じられないものを見るような目でジェイドを見る。
「8年間、ずっと一緒にグランコクマにいて?何もないと?
あの鬼畜で目的の為には手段を選ばない男、ジェイド・カーティス大佐が?」
「少将です」
「嘘だぁ〜!!ありえませんよ!なんですか、これも作戦ですか?」
アニスは本当に信じられないらしく、広場中に響く大声でジェイドに詰め寄った。
周りの視線が集まる。
「アニス、お静かに。作戦なんてないですよ。…ただ傍にいれればいい、そう思っただけです」
傍にいてあの笑顔で笑いかけてくれれば、それでいいと。
「はぁ〜、大佐って案外純情なんですねぇ〜。なんかセンチメンタル〜v」
「はい、センチメンタル・ジャーニーですv」
………
一瞬の間。
「……え?」
「…これがジェネレーション・ギャップというやつですか…。私も年をとったものですねぇ…」
ジェイドは16歳がどうだとか何かに誘われてどうだとかいう歌を口ずさみながら
早くガイ達が来ないかと、遠くを見ていた。