アグライア
〜クロトは嘆く〜
ガイはファブレ公爵夫妻に挨拶を済ませた後、
ルークと共にルークの私室へと向かった。
入ってすぐルークは「ベッドの上にでも座っててくれ」とガイに言い、準備を始めた。
ガイは言われるままにベッドに座り、特にする事もないので、
黙ってルークの準備をしている姿を見ていた。
「ガイさ、ジェイドとはどうなんだ?」
剣を鞘から抜き、刀身の状態を見ているかと思ったら、
不意打ちの一言。
突然の一言に驚き咳き込む。
「大丈夫か?ガイ」
「な、なにを言い出すんだ、突然!」
顔を赤くして動揺を見せるガイに対して
ルークは何をそんなに慌ててるんだ?という顔をした。
「だってあれから8年も経ってるし、毎日のように顔を合わせてるんだろ?
だからどのぐらい進展したのかなって」
…8年前、あの戦いの中、ガイはジェイドに淡い恋心というものを抱いていた。
それをどういうことかルークに知られてしまったのだ。
あれから8年。ルークの言う通り、毎日のように顔を合わせている。
まだ最初の内はジェイドが慌しく、世界各地を飛び回っていたので、
会わない日も多かったが、ジェイドの補佐役として軍の仕事を手伝うようになってからは
常に共に行動し、最近では2人1セットで見られるようにまでなってしまった。
…ようするに、毎日のように、というか本当に毎日一緒にいるのだ。
だというのに…
黙り込んで俯いてしまったガイに、
ルークはその意味を知り、驚愕といった顔をした。
「ま、まさか…」
「そのまさかさ…何一つ進展なし、だ」
しいて言うならガイのジェイドに対する恋心のレベルは8年でだいぶ上がったが。
「いい加減、告っちまえよ。俺、ジェイドもガイのこと好きだと思うんだけどなー」
ガイは思わず苦笑を漏らした。
「そんな訳ないだろ、俺は男なんだし。それに…」
「それに?」
…もし罷り間違ってジェイドも自分のことを好きで、
恋人なんていう関係になったとしたら…
『ジェイド・カーティス少将』という名前や名誉に傷を、汚点を残してしまうのではないだろうか。
それが嫌なのだ。
…いや、違う。
自分は怖いのだ。
確かに彼の名前に傷をつけるのは嫌だ。
だがそれ以上に怖いのだ。
また大切な人を失うのが。
今でも彼を失ったらと想像することさえ恐ろしくて出来ないのに
今よりもっと深い関係になってしまったら、
きっと自分は離れられない。
失うことに耐えられない。
だから…
「…いいんだよ、今のままで」
失うぐらいなら最初から手に入らない方がいい。
ルークはそっか、といい、それ以上は追求してこなかった。
昔のルークなら気になって仕様がないといった感じで聞きまくっていただろう。
ルークも大人になったもんだなぁ…と父親みたいなことを思ってしまい、
思わず苦笑する。
「俺、何があってもガイの味方だから」
また不意打ちの一言。
「…ありがとう、ルーク」
ルークは強くなった。
だけど俺は…
いつまでも怖がって恐れて…
弱いままだ…。
全員が広場に揃い、
ガイ達がシェリダンから借りて乗ってきたアルビオールに乗り込んだ。
全員でアルビオールに乗っているこの光景を見ていると、
8年前の光景が次から次へと頭に蘇えってくる。
壁に凭れ、昔を思い出していると、気付けば何故か全員の目が
自分に向けられていて、軽く驚く。
「な、なんだ?」
「いやー、ガイは暫く会わない内に色っぽくなったねーって話しててさー」
「は?」
30近い男に色っぽい?ちょっと待て、なんだそれは。
「なんか顔が前より色っぽいっつーか…あ、服装が色っぽいのもあるかも!」
色っぽい色っぽいと連呼され、ガイは頭を軽く押さえた。
…頭痛がする…
「その服、マルクトの軍服とは違うわね」
「ええ、この服は軍の手伝いをガイに頼むようになってから、
普段着で軍と同行していると目立ってしまうということで、
陛下が自らデザインしてガイにプレゼントしたんですよ」
「まあ!ピオニー陛下がご自分で!」
「…でも逆に目立ってるけどな…」
青い軍服の集団に一人だけ白い軍服を着ているのだ。
嫌でも目立つ。
しかも軍から離れていてもこのデザインの所為なのか、色の所為なのか、
これまた注目を浴びる。
デザインのセンスが悪いというわけではないのだ。
ただ、何処へ行っても何故か目立ってしまうのだ。
しかし、陛下が態々自分の為に作ってくれた服を無碍にも出来ず、
仕方なく着ているのだ。
…軍服とお揃いでプレゼントされた、十字架の付いた白いチョーカーと一緒に。
「はぁ…」
思わず溜息が出た。
そんな心情を読み取ったかのように、ジェイドはガイの肩にポン、と
手を置き、いつもの喰えない笑顔。
「とても似合ってますよv」
…もうどうでもいい…。
「はぁ…」
ガイは本日二度目の溜息を吐いた。
「皆さん、ベルケンドが見えてきました」
ノエルの声で全員がアルビオールの窓から外を覗いた。
小さくベルケンドの町が見える。
ゾク…
「…ガイ?どうかしましたか?」
ガイの小さな異変に気付き、ジェイドが声をかけた。
「…いや、何でもない…」
何故だろう。
何故だかわからないけれど
今、一瞬、寒気がして
ベルケンドに行きたくない、と
何故だかそう思った。