アグライア
〜メルポメネは立ち上がる〜
研究者が行き交う町、ベルケンド。
其処にガイ達は降り立った。
そも町は以前よりも研究者達が多く感じられる。
あの戦い以降、ベルケンドでは研究が以前よりも更に活発に行われている。
復興の為の研究は勿論だが、それよりもフォミクリーの研究が盛んに行われていた。
フォミクリー技術はあの戦いの後、ジェイドの意志と研究により只の複製品を作り出す技術から見事に昇華されていた。
今では病気の人の為、臓器の複製作りや、オリジナルよりも丈夫な無機物のレプリカを作り出し、建築物に使用するなど、
人の為に役立つ技術として生まれ変わっている。
…あの戦いの後、ジェイドは復興の為世界各地を回るかたわら、
フォミクリーを昇華させる為に研究にも追われる日々だった。
ジェイドの中にはあの戦いの発端となったフォミクリーを生み出した者の責任と後悔、懺悔の念があったのだろう。
寝る間も惜しんで働く彼にガイは常に傍にいた。
勿論専門的な知識の無いガイに研究の手伝いなどは出来ない。
せめてジェイドが倒れないように、と食事を作ったり、温かい飲み物をいれたりした。
何も出来ない自分が歯痒くて仕様が無かった。
それから暫くして一段落がついた頃、
「貴方が傍にいてくれた事が、とても支えになっていました」と言われた時は、
自分でも役に立てていたのだと、嬉しさに目頭が熱くなったのを覚えている。
なぁ、ジェイド。
俺は今でもあんたの支えになっているか?
只の役に立つ補佐役ではなくて、
あんたの心の支えに。
「それでは私とガイは失踪したレプリカの家に行って何か無いか調べてきますので、ティア達は…」
「住民からの情報収集ですね」
ふと気付くと話は既に纏まったらしく、ティアやルーク達はそれぞれ別々に情報収集を始めた。
「ガイ、何を考えていたんですか?」
やっぱり気付かれていたか…。
「いや、ただ昔をちょっと懐かしんでいただけだよ」
ジェイドはいつも俺の些細な変化にもすぐ気付く。
それが嬉しくもあり、困ることでもある。
いつかこの恋心にも気付かれてしまうのではないかとハラハラする。
気付いてほしい。
気付かないでほしい。
自分の中で相反する二つの気持ちがぶつかり合って、
いつも胸が引き裂かれるように痛む。
いつかこの痛みが無くなる日はくるのだろうか。
もし、訪れたとしたら、その時俺達は
どんな関係でいるのだろうか。
失踪したレプリカの家を一つ一つ調べていく。
家は軍の指示で失踪した時のまま、保存されていた。
世界各地でのレプリカ失踪事件。
一つの町でおよそ7、8割のレプリカが失踪しているらしく、
ここベルケンドでもかなりの人数のレプリカが失踪した為、
主のいない家が数多く存在していた。
「ガイ、どう思います?」
調べた家が10件を越えたあたりで、今まで特に会話もなく
黙々と調べていたジェイドが突然話し掛けてきた。
その一言でジェイドが俺と同じ事を考えていたのがわかる。
何故なら今、俺も同じ事をジェイドに言おうと思っていたから。
俺は思っていた事を頭の中でまとめ、話し始める。
「…ただの自発的失踪ではないのは確かだな。
どのレプリカも寝ている時に突然起きて失踪。
そしてベッドの布団が起きた時のまま…捲くれたままだった。
誰一人布団を直していない。普通起きたら布団を整えるもんだろ」
「えぇ。それに日記などを読んでみても失踪する理由らしきことも
失踪に対する決意も全く書かれていない。
そして何よりも…」
「靴がある、だろ」
「ええ」
そう、どの家も靴があるのだ。
外に行く時履く靴が。
ということは裸足で出て行ったことになる。
夜中に、集団で、
全員裸足で失踪。
誰がどう考えても異常だ。
「…これは催眠や洗脳の類と考えるのが普通だろうな」
「そうですね。しかし何故レプリカだけなのか…」
レプリカを失踪させて何をしようとしているのかはいくら考えても今の時点ではわからない。
しかし何故、オリジナルではなくレプリカだけが催眠、もしくは洗脳されたのだろう。
レプリカしかかからなかった、という事だろうか。
ではレプリカとオリジナルの違いは?
レプリカはオリジナルと違って、細胞と細胞を繋ぐのに第7音素を使っている。
体内に第7音素を大量に持っていることが一番の違いだろう。
…第7音素…?
「なあ、ジェイド…レプリカだけ失踪してるのって、もしかして…」
「ええ、私も同じ事を考えていました。
これからレプリカだけが失踪した理由もわかります」
確かにこれなら全てのつじつまが合う。
しかし。
「そんな事が可能なのか?」
ジェイドは眉間に皺を寄せ、軽く考えた後、
いつもの見慣れた仕草で眼鏡を上げた。
「譜術では無理でしょうね。恐らく音機関でしょう。
…もし私の頭脳と、まぁ、ディストの音機関技術が合わさったとしても難しいですね。
私よりも頭が良く、ディストよりも技術がある人物の犯行、でしょうね」
鳥肌が立った。
そんな人物がこの謎に満ちた不可解な事件を起こしている。
まだ何も見えて来ず、わからない事件だが、
この事件はただレプリカの失踪だけでは終わらない。
それだけはわかった。
「ガイ、まだ確証はありません。そして犯人が何のためにこんな事をしているのかも。
とりあえずルーク達と合流しましょう。
私達の推理が当たったわけではないのですから、そんな顔をしないで下さい」
困ったように笑うジェイドの顔を見て、
そんな酷い顔をしていたのかと顔に手をあてた。
そうだ、まだ決まったわけではない。
それに、もしそうだとしても次の事件が起きる前に犯人を捕まえればいいのだ。
俺は気合いを入れる為に顔を両手で叩いた。
この心に渦巻く不安も気の所為なのだと、
自分に言い聞かせつつ。
「大佐ー、おっそーい!」
「いやー、すみませんねぇ。つい色々と調べてしまいましてv」
皆と別れた場所に戻ると、既に自分達以外の全員が揃っていた。
どうやら少し長く調べすぎてしまったようだ。
「何かいい情報はありましたか?」
ジェイドのふざけた口調が真面目な口調に変わる。
その問いにティアが口を開いた。
「はい、残っていたレプリカ達から話を聞いたんですが、
レプリカ達が失踪した時間、全員が耳鳴りと頭に響くような痛みを感じたそうです」
「…その方達はその時、全員起きてましたか?」
「え、あ、はい。かなり遅い時間でしたが、起きていたそうです」
突然の質問にティアは詰まりつつも、返す。
その答えを聞いてジェイドは「ふむ」と声を出し、
何かを考えているようで、顎に手を添えて黙り込んだ。
自分にはそこまで専門的知識が無いのでわからないが今のやり取りを聞いて
先程の自分達の推理が確証に近づいたことだけはわかった。
また騒ぎ出した不安を抑え込もうと、
自然と手が胸元を抑えていた。
「そちらは何か見つかりましたの?」
「ええ、こちらは…」
「つっ!!」
ジェイドが話し始めた瞬間、首に鋭い痛みが走った。
丁度、チョーカーを付けている箇所、
内側から針で刺されたような痛み。
その痛みに、首を抑え、顔を顰める。
「ガイ?どうしま…」
ドォンッッッ!!!!!
轟音が辺りに響き渡る。
それと同時に大地が揺れた。
「な、なんだ!?」
「あれを見て!」
ティアが指を指す方向。
そこには
「な、んだ、あれ…」
巨大な光の柱が
天を貫いていた。