アグライア
〜ポリュヒュムニアの慟哭〜
『好きです、ガイ…』
その言葉に俺も、と答えられたらどんなによかっただろう。
今すぐにでもジェイドの元に行って自分の思いを告げたい。
彼の胸に飛び込んで、あの広い背に腕を回したい。
けれど今の俺にはそんな事は出来なくて。
『ジェイドごめん、俺まだ…』
『いいんです。私が勝手に思いを告げただけですから。
…ですが私が貴方を想っているという事をどうか覚えていて下さい…』
ジェイド、ジェイド、好きだ。
好きだよ。
凄く、凄く好きなんだ。
でも今の俺では言えないから。
過去と決別し、俺が本当に強くなった時、
その時に本当の俺の気持ちを伝えるから。
だからそれまで待っててくれよ、
ジェイド…。
「最後の柱の場所がわかったってのに足止めかよ」
「仕方ないじゃない、アルビオールの整備がまだ終わってないんだから」
五本目の柱が出現した翌日、そこから導かれた六本目の柱の出現するであろう個所にすぐにでも向かおうとしたが、
ここ最近アルビオールを酷使し過ぎた所為で整備に時間がかかり、移動出来ないでいた。
「すみません、後少しで終わるんですが…」
申し訳なさそうに誤るノエルにジェイドは「構いませんよ」と声をかける。
「ではアルビオールの整備が終わるまでの間、自由時間にしましょう。…私も調べたいことがありますし…」
「調べたいこと?」
「ええ、少々気になる事がありまして…その間ガイの傍にいれませんので、
こいつを代わりにガイの傍に付けようかと」
温和だった口調が途中で刺々しいものに変わる。
そしてジェイドが軽く手を上げると後ろから一人の男が兵士に連れられて現れた。
その男は
「ディ、ディスト!?」
かつて六神将として行く手を阻み、今は罪人としてグランコクマに捕えられている、
ディスト…サフィール・ワイヨン・ネイスであった。
ディストは罪人ということで以前のような化粧もしていなく、服装も至って普通のシンプルなものだ。
全員がディストの姿を見て驚いている中、ガイだけは笑顔でディストに近付いていく。
そのガイを見て、ディストも笑顔を見せた。
「久しぶり、ディスト。一ヶ月振りくらいか?」
「そうですね。前回牢から出たのが一ヶ月前でしたから」
二人の仲良さげな雰囲気に周りは驚き、目を丸くする。
そんな中、ジェイドはディストの肩にポンっと手を置き、極上の笑みを浮かべた。
寒気がするような、極上の笑顔。
「私がいない間、貴方にガイを守ってもらいます。
が、もしもガイに何かあった時は…わかってますね?ディストv」
笑顔によって倍増したジェイドの恐ろしさにディストは壊れた人形のように頭をガクガク縦に振ることしか出来なかった。
「頼みましたよvガイは昨夜の柱の出現で疲れてると思いますので、部屋で休ませてあげて下さい」
コクコクと無言で頷き、ディストはガイを連れ、軍本部の中の一室に入って行った。
それを見届け、皆の方に向き直る。
「では一時解散としましょう」
「た、大佐、ディストとガイって…」
ああ、と一言不機嫌そうに言い、眼鏡を指で押し上げた。
「ディストはガイの音機関の先生なんですよ」
「…なるほど」
全員の声が綺麗に揃った。
「ジェイドも過保護だな、そんな疲れてなんかないのに」
確かに今回は今までとは比べ物にならない程の激痛だったがいつものように痛かったのはその時だけだったので、
全く今は普段通りで、疲れてもいない。
しかし、やはり好きな人に心配してもらえるのは嬉しいもので。
しかも昨日、夢のような告白を聞いたのだ。
嬉しくない筈が無く、自然と口元が緩んでいく。
そんな自分に気付き、ガイはいけない、と頭を軽く振った。
自分にはやらなくてはいけないことがあるのだ。
こんな浮かれていてはいけない。
「?ガイ、どうしました?」
「いや、なんでもないよ。それより前、俺が協力した音機関出来たのかい?」
以前ディストが新しい音機関を作るのに協力して欲しいといって、ガイの体内音素のデータを取っていた事があった。
その話題を振ればディストは得意気な顔を見せる。
「勿論出来ましたよ」
ディストはフフンと腰に手を当て、上半身を仰け反らせる。
「本当か!流石ディスト、凄いな。その音機関、見てみたいなぁ」
「ええ、いいですよ。今持ってきますから待っていて下さい」
ガイに見せたくて仕様が無いのだろう。
ディストはウキウキしながら部屋を出て行った。
「…上手くいったな」
一人部屋に残されたガイは小声でそう呟き、ディストが出て行ってから少しして部屋を出た。
「ディスト、ごめん」
後でジェイドにお仕置きされるであろうディストにガイは一人謝った。
人に見付からぬよう、静かに、素早く移動する。
運良く廊下には人が居らず、簡単に目的の場所に到着した。
そこは巨大な軍艦や軍船が保管されている格納庫だった。
誰もいない、薄暗く、静かな格納庫。
あまりに広いその空間にガイの足音だけが響く。
ガイは壁に取り付けられている大きな赤いスイッチを手の平でグッと押した。
するとゴゴゴゴゴと大きな物が動く音が響き、上から光が差し込んできた。
格納庫の巨大な金属の屋根がゆっくりと開いていく。
それを確認し、ガイは一番奥に置かれている機体に近付いた。
その機体は天から降り注ぐ光で眩しいくらいに銀色に輝いている。
形はアルビオールに似ているが、サイズはかなり小さい。
銀色のボディーに青いラインが入っているその機体を愛しそうにガイは撫で、そして乗り込んだ。
右手にあるスイッチを押す。
目の前の操作盤やレーダーに光が点る。
『マスターネーム ト コード ヲ カクニンシマス』
「ガイラルディア・ガラン・ガルディオス。F-08936250」
『…ニンショウシマシタ。スベテノキノウヲキドウシマス』
音機関の音声が終わったと同時に機体が揺れる。
音機関独特の音に包まれながらガイはグッと操縦桿を握った。
「初陣だ。…行くぞ、『フリングス』」
ハンドルを、力いっぱい引いた。
音を立て、宙に浮いた銀の機体はキラキラと輝きながら空へ飛んで行った。
…あいつは俺が倒さなきゃいけないんだ。
埃っぽい部屋。
四方が巨大な本棚に囲まれているその部屋で、ジェイドは古い書物を次から次へと開き、目を通していた。
読んでいる、というよりはパラパラと捲り、本当に目を通しているだけの行為。
紙の捲られていく音が空間を満たす。
「どこかで見た気がしたんですが…」
ガイの首に現れた謎の模様。
ジェイドは昔、それを何かの本で見た気がした。
恐らく、本の中の挿絵で見たような気がする。
もう殆ど無いと言っていい記憶を頼りに、パラパラと捲っていく。
そして中でも一番古いのではないかと思われる、ボロボロの本を捲っていた時、ジェイドの手が止まった。
「…これだ…」
その本はユリア・ジュエの真実が書かれている本として厳重に管理され、持ち出し禁止とされている本だ。
勿論、一般人には読むことは出来ない。
その中の一枚の挿絵。
そこに模様は描かれていた。
そしてその絵の横にはこう書かれている。
ユリアが生み出し、そして葬った禁忌の術の断片、と。
「禁忌の術…!?」
よく見ればこの模様は各地で出現した光の柱の周りに浮かび上がっていた譜陣と酷似している。
『レプリカ共は『封印』を解く為の『贄』よ。そして光の柱は『封印』を解いた『証』だ』
「まさか奴らは…」
ユリアの禁忌の術を発動させようとしている…?
もっとこの術について詳しく書いていないかと本を読むが、それ以上は何も書かれていなかった。
「くそっ…!」
苛立ちと言い様のない不安を感じながら本を閉じる。
その時、乱暴に部屋の扉が開かれた。
そこにはディストが慌てた様子で息を切らせ、立っていた。
「どうしたんです、ディスト」
「ガイが…ガイがいなくなったんですよっ!」
「…!?」
「失礼します、カーティス少将!!」
続け様にバタバタと入ってきた兵士が告げた言葉にジェイドは血の気が引いた。
「ガイラルディア伯爵が『フリングス』に乗って何処かに行かれたようです!」
ジェイドは頭を押さえ、ディストを睨みつけた。
ディストの額に冷や汗が一筋、流れた。
「ガイがいなくなったってホントー!?」
「本当です。ノエル、準備は出来ていますか?」
「はい、いつでも出発できます」
ガイがいなくなったとの連絡を聞き、自由行動をしていた全員が急いで解散した場所に戻って来た。
「でもガイがいなくなってから少ししか経ってないんだろ?じゃあまだこの辺にいるんじゃないのか?」
「いえ、ガイは『フリングス』に乗って何処かに向かったようです」
「フリングス…?」
聞き慣れない名前の乗り物。
フリングスと聞いて頭に浮かんだのは、優しく、誠実で、
恋人と結ばれる直前に悲運な死を迎えた、フリングス少将の姿だった。
「『フリングス』とはガイが三年かけて一人で作ったアルビオールの小型版で二人乗りの飛晃艇です。
ガイが機体の色からイメージしてフリングス少将の名前を付けたんです」
「一人で作った!?」
空を飛ぶ音機関自体がまだ殆ど無いというのに、小型とはいえ一人で作ってしまうとは。
「勿論設計はディストも協力したようですが、組み立てたのはガイ一人です。…しかし、飛行実験はしていませんから、
墜落などしなければいいんですが…」
「それは大丈夫ですよ。完成品を見ましたが全く問題ありませんでしたから」
さも自分が作ったかのように自慢気に話すディストをジェイドの赤い瞳が射貫く。
慌てて口を閉じるディスト。
「ではどうしますの?どこに行ったかわからないのでしょう?」
「もー!何でガイから目離したのさー!」
「馬鹿だからでしょう」
「馬鹿言うなー!確かにガイから離れたのは悪かったです、が!
ガイの居場所がわかるとっておきの物があるのですよ!」
「本当か!?」
フフフフフと怪しげな笑みを浮かべながらポケットに手を突っ込んだ。
その手を全員が凝視する。
「これですっ!!」
バッと勢い良く取り出されたのは四角く薄い、手の平サイズの音機関だった。
表面は金属ではなく、画面になっている。
「これは体内音素を元に特定の人間の居場所を探す音機関です。ガイには以前、音素情報を取らせてもらいまして、
登録してあるので、すぐに見付かりますよ」
説明しながらディストはその小さな音機関のスイッチを入れた。
するとパッと世界地図が画面に映し出され、その上に赤い点が一つ、点滅しながら移動しているのが見える。
「おー!すごーい!」
「もしかして、この赤い点が…?」
「はい、ガイです」
ガイだと言われた赤い点は一直線にどこかへ向かっている。
その方角は。
「やはりそうですか…」
「え?」
「ガイは最後の柱の出現する場所…ダアトに向かっています!急いで追いかけましょう」
「本当だ!このまま行ったらダアトだよ!」
迷うこと無く、真直ぐダアトへ向かう赤い点。
それはかなりのスピードで、ジェイドは内心、追い着くのは難しいだろうと考えていた。
すぐにアルビオールに乗り込む。
そして音機関が示す赤い点を最高速度で追いかけた。
「ちょっと何でディストが乗ってるのさー!」
何時の間にかちゃっかりとアルビオールに乗っているディストに、全員の目が突き刺さる。
「う…こ、この音機関が必要なのでしょう!?それに…」
僅かに俯くディスト。
「ガイに何かあったら、私の所為ですから…」
「…好きになさい」
「あ!いたぞ!ガイだ!」
赤い点がダアトの西付近で止まってから数分後。
ジェイド達はその赤い点の真上に到着していた。
下を見れば銀色の飛晃艇と十数人の人間、そして…赤く染まった大地に倒れている死体が見えた。
しかし、まだ柱は出現していない。
「ノエル、降下を!」
「はい」
ゆっくりと降下する機体。
着陸してすぐさまドアを開け、外へ飛び出た。
「み、んな…?」
ガイの弱った声が聞こえた。
地面に膝をつき、腕から血を流し、こちらを見ている青い瞳。
「ガイ、だいじょうぶ…、っ!?」
全員の足が止まった。
ガイの先にいる人物を見て。
ガイの先には十人程の目が虚ろなレプリカと、血に濡れた剣を持ったヴァンデスデルカ。
そして
「うそ、でしょう…?」
「ガイが…二人…!?」
黒い服を身に纏った、もう一人の『ガイ』がいた。
「改めて自己紹介した方がいいかな?」
黒い服を着た『ガイ』はザワリと鳥肌が立つような笑みを浮かべた。
そして弧を描いた口が開かれる。
「コンニチハ。俺が、エルトリアです」
ガイと同じ顔で、声で告げられたその名前は、今まで何度も聞いた筈なのに、
今までとは比べ物にならない程、
恐ろしく感じた。