アグライア
〜ハデスの言霊〜
ガイと同じ顔をしたエルトリアの笑みが恐ろしくてたまらない。 『ゼロスコアは決して使ってはいけない』
「なるほど…ガイのレプリカ、ですか」
ジェイドのその言葉に、エルトリアは肩を揺らして笑う。
「ああ、そうだよ。俺はヴァンデスデルカ・ムスト・フェンデによって作られた、
ガイラルディア・ガラン・ガルディオスのレプリカさ」
エルトリアの笑みが、深くなる。
その笑みのまま、ゆっくりと語りだした。
「少し、昔話をしようか。愚か者の話だ。
昔、ある男はレプリカだけの世界を創ろうとしました。
その男は幼き頃仕えていた主を未だに思っていて、敵となっても、こちら側に来ないかと誘いました。
が、その誘いはことごとく断られてしまい、悲しみと苦しみのあまり、彼はその愛しき主のレプリカを作ることにしました」
静かに、少し低めの、ガイと同じ声が響く。
「レプリカは作られました。しかし、そのレプリカは失敗作だったのです。
姿形はそっくりでも、体力は極端に少なく、歩くどころか、立つ事もやっとな失敗作に、
そして何よりも中身が全く違うレプリカに、
その男は嘆き、捨てる事にしました。しかし、思い人そっくりなレプリカを殺すこともできず、
機械だらけの施設の中に閉じ込めることにしました。
その後、その男は愛しき主とその仲間達によって葬られ、
放置されたレプリカは成長し、後にその男のレプリカを作り出し、世界を統べるものとなるべく立ち上がったのでした」
途端、エルトリアの笑い声があたりに響いた。
本当に、おかしそうに、楽しそうに。
「いい話だろう?」
「狂ってる…」
「どうとでも?」
エルトリアはくるりと、後ろに立っていたヴァンのレプリカの方に向いた。
そして、命じる。
「ヴァンデスデルカ。残りのレプリカを殺せ」
「は」
「なっ…!」
ヴァンの後ろに並んで立っているレプリカ達は人形のように立っていて、
そちらに向き、ヴァンはゆっくりと血に塗れた剣を持ち上げた。
刃を伝って、血がヴァンの手を赤く染める。
また、また失ってしまう。
目の前で、助けることもできずに、命が失われてしまう。
また、
また、
ヴァンデスデルカが人を殺めてしまう…!
「っ、やめろーっ!」
「ガイ!?」
傷ついた体で、大地を蹴る。
蹴った、と思った瞬間、ガイはヴァンの前に移動していた。
そこにいる全員がガイの動きを見ることはできなかった。
空間転移をした、と思える程の速さ。
そのスピードに乗ったまま、透きとおった剣を鞘から抜く…。
「さすが『神速ガイラルディア』」
何も、見えなかった。
ただ、ガイの動きが一瞬止まったかと思ったら、
次の瞬間、
ガイの脇腹から血が飛び散った。
隣には、剣を握り締めたエルトリアがいつの間にか立っていて。
「でも、俺はお前より速いぜ?」
「がっ…!」
「ガイっ!!!」
脇腹を抑えて、膝をつく。
そのガイを庇うように、ジェイドが二人の間に入る。
怒りに燃え盛る瞳がエルトリアの青い瞳を射抜く。
「くくっ…そう怒るなよ、カーティス少将殿?殺しはしないさ。
殺したら『ゼロスコア』が上手く発動しなくなるからな」
「ゼロ…スコア…?」
なんだ、どこかで聞いたことがある気がする。
わからない、わからないけど、
ずっと、ずっと昔に…。
ゼロスコア、という言葉にガイが何かを思い出そうと目を細める。
その姿を見て、エルトリアは目を丸くした。
「なんだ?忘れてしまったのか、ガイラルディア?
それとも記憶が戻ってないのか…まぁ、いい。思い出させてやるよ」
そう言うと、ヴァンに目配せする。
ヴァンは軽く頷くと、剣を、レプリカ達に向かって
振り下ろした。
「…っっ、!」
「いやぁっ!」
肉が切れる、生々しく鈍い音が響く。
そして赤い液体が大量に流れ、大地に吸い込まれていく。
次の瞬間。
「あああああぁぁぁぁぁ、ああぁあぁっっ…!」
「ガイ!?ガイ!!」
ガイは頭を抱え、倒れこむように跪いた。
大地に波紋が広がるように刻まれていく赤い模様。
そして、辺りに響き渡る轟音。
巨大な光の柱が天を貫く。
「はははははっ!今、ゼロスコアの封印が解かれた!」
柱の出現する音も、エルトリアの笑い声も、
ジェイドの自分を呼ぶ声も。
とても遠くに聞こえる。
首が、今までにない程痛い。
けれど、それ以上に。
頭が痛い。
本当に、割れるように痛い。
気を失いそうになる程の痛み。
もう、駄目だ…と意識を手放そうとした瞬間。
一気に『記憶』が流れ込んできた。
『この世界を助けたいのです…』
『私はなんということを…』
『封印しましょう。もう、それしか方法がない』
『ユリア様。私をお使い下さい』
『いい?代々、貴方達が守っていくのよ…』
「思い、出した…」
いや、思い出したというのは少しおかしいかもしれない。
『過去の記憶を理解した』というべきか。
全てがクリアになる。
今まで、拘束していた鎖から解き放たれたような感覚。
「ゼロスコアは、使ってはいけない…!」
キッと自分と同じ瞳の色をした男を睨む。
その男はまた、笑う。
「全てがわかったようだな。もう『カムイエルナ』は復活している。
…『カムイエルナ』で待ってるよ、ゼロスコアを受け継ぎし者、ガイラルディア?」
「待てよ!!」
エルトリアとヴァンは大きな鳥に跨り、飛び立った。
「もう、時間が無い…」
ガイの呟きだけが響いた。