アグライア
〜エラトは一人涙する〜
空に浮かんだ月をただ、眺めていた。
先程のルークの言葉を思い出し、苦笑する。
「アイツはやっぱり強いな」
自分には到底できない。
消えることを知りながらも心静かにいることなど。
結局自分は何も、
何も、
変わっていないのだ。
今も昔も、
「弱いままだ…」
また、ヴァンデスデルカを殺したくない。
皆とこれからも笑いあっていたい。
これからもジェイドの傍にいたい。
消えたくない…!
コンコン。
「ガイ、いますか?」
ノックの音とその声にハッと我にかえる。
慌てて窓辺から離れ、ドアを開ける。
「ジェイド、どうしたんだ?」
「少しお話がありまして…入ってもいいですか?」
いつもと違う様子のジェイドにガイは少し戸惑いながらも部屋の中に招き入れる。
そしてドアを閉めた瞬間。
「っジェイド!?」
後ろからぬくもりに包まれる。
ジェイドはガイを逃がさないように抱き締める。
「ガイ…」
耳元で聞こえる低い声に、
香る、爽やかな香水に、
心臓は高鳴っていく。
「ジェ、ジェイド、どうし」
「愛してます」
ドクリ、と心臓が大きく鳴った。
強くなる、ジェイドの腕の力に、体温が上がっていく。
「ガイ、愛してます…」
俺も、愛してるよ。
心の中でそう呟いて、
ガイはジェイドの手の上に自分の手を重ねた。
気の所為かも知れないけれど、
僅かに、
本当に僅かに、
ジェイドの手が震えている気がした。
「ガイ、すいません…。今夜だけ、願いを聞いてもらえませんか…?」
今夜だけ。
どうか。
貴方を私のものに。
「はっ、あぁ…!」
「ガイ、ゆっくりと深呼吸して…」
たっぷりと慣らした蕾に、ゆっくりとジェイド自身が納められていく。
きつく締め上げてくる内部に、ジェイドは眉を顰める。
「ガイ、大丈夫ですか?」
ジェイドの声に、ガイは返事をすることもできず、やっとの思いで頭を動かし、頷く。
痛くて、
でもそれだけでなくて。
あまりの熱さと苦しさに
どうにかなってしまいそうだった。
自分をココに留めていたくて、繋ぎとめていたくて、
ガイがジェイドの首に腕を回し、縋る。
自分は、ジェイドに抱かれているのだ。
一つになったのだ。
だというのに、なんなのだろう。
心は一つになれていない気がして、
わからないけれど、不安になる。
流れ落ちた涙の感覚に、
目をきつく閉じる。
この涙は
痛いからなのか、
苦しいからなのか、
悲しいからなのか、
嬉しいからなのか、
今の俺にはわからない。
わからないけれど、助けてほしくて、
何かから助けてほしくて、
縋る腕に力を込める。
「ガイ…」
ゆっくりと、気遣いながら動き出す体。
長い腕で、ガイを抱き締めながら、緩やかに動く。
「ああっ…は、ぁあ、んっ」
「ガイ…!」
ガイの甘い声に煽られる様に、徐々に激しくなっていく動きに、
ガイは翻弄され、啼くことしかできない。
そんな中、ガイの首に、ジェイドの指が這う。
赤い、血のように赤い模様を指で辿る。
「ジェ、イド…?」
「出来ることなら、貴方を苦しめるこの模様を消し去りたい…
ですが、私には何もできない…何もできないんです…
貴方が苦しみ、闘っている姿を見ていることしかできない…!」
静かな声色なのに、泣き叫んでいるように聞こえた。
ジェイド。
そう呼ぼうとした声は、一層激しくなった動きによって、
喘ぎ声と変わった。
「あああぁ、ん、あああぁぁぁっ!!」
「…っ!」
頭が真っ白になって、達した瞬間。
閉じていく視界に映ったジェイドが
泣きそうな顔に見えた。
流れる水の音。
時々吹く風に目を細め、ティアは遠くを見ていた。
水の音しか聞こえないその場所に微かに聞こえた足音に、
後ろを振り返る。
「大佐…」
「ティアではないですか、どうしたんです、こんな夜更けに」
ティアの隣に立つと、ジェイドは同じように遠くを見つめた。
「大佐こそ」
「なかなか寝付けなくてね…らしくないでしょう?」
「いえ…」
首を振る。
ジェイドのガイに対する想いは知っている。
そのガイがこんなことになり、そして明日決着をつけにいくというのだから、
ジェイドのその姿はあまりに自然なものに見えた。
「ティアは、ヴァンのこと、ですか?」
「はい…」
ジェイドから、また遠くに視線を移し、ティアは自分の腕をきつく掴んだ。
「また、戦うことになるとは思っていませんでしたから…
レプリカだと、兄ではないとわかっていますが、また倒さなくてはいけないのかと思うと…」
また、視線がジェイドへと戻る。
ティアの瞳にははっきりとした決意が見えていた。
「でも、これで本当に終わりにしなくてはいけないと、兄のレプリカを倒して、
何もかもあの戦いから続いている戦いに終止符を打たなくてはいけないと、
そう思ってますから」
だからあの時の戦いより迷いがない、という
その瞳の強さに、眩しさに、
ジェイドは思わず目を細めた。
「貴方は、強いですね」
「え…?」
「貴方はヴァンのことでも、そしてルークのことでも強かった。
消えてしまうとわかっていながらもルークを見送り、
その後もいつか必ず戻ってくると信じ、待ち続けた」
再び、赤い瞳は遠くを見つめる。
その瞳が何を映しているのか、ティアにはわからない。
「私にはきっと無理です…
ガイがいなくなるなど、考えられない…」
考えたくも無い、と言ったジェイドの表情に、言葉に、
ティアは何かを悟り、ジェイドから目を逸らし、
きつく、瞳を閉じた。
赤い瞳から流れ落ちたように見えた涙が、気の所為であれ、と。
導かれた推測が現実にならないで、と
ティアは月が輝く空に願った。