アグライア
〜アレスは解き放たれた〜








旅立ちの朝。
美しくも気高き、この国の皇帝が

「必ず戻ってこいよ。待っているからな」

そう言い、強く、俺を抱き締めた。



その力強くも温かい感覚が今も体に残っている。










「カムイエルナと思われる島を前方に発見しました!」
その声に窓から少し前方の下を見れば、
昔、ホドがあった場所に浮かぶ巨大な岩。
そう、草木も何も生えておらず、ゴツゴツとした、ただの赤茶けた岩。
だがそこら辺にある岩とは違う。


巨大な岩の中央に、遠目からでもわかる赤く輝く大きな譜陣。


各地で現れた柱の根元に現れた譜陣と同じようなものが描かれている。

徐々に近付いていくその地をガイは瞬きもせず、見つめ続けた。





あれが『カムイエルナ』…。

ユリア・ジュエがホドの中に封じた地。
『ゼロスコア』を唱える為の地。

そして

ヴァンデスデルカとエルトリアと、決着をつける地。







俺が消える、地。










降下した時特有の体が浮く感覚に襲われながら、
ガイは目を閉じ、きつく拳を握った。











































「お待ち申し上げておりました、ガイラルディア様」

大地に降り立った俺達を迎えたのはヴァンだった。
赤く輝く譜陣の前に立ち、頭を下げる。


どくり、と心臓が波打った。


その場を、静寂と緊張が包み込む。

「ヴァンデスデルカ。俺はエルトリアの願いを叶える為に来たわけじゃない。
エルトリアを倒す為に、ここに来た」


はっきりとした意思を感じ取れる、凛とした声が響いた。


その声に、ヴァンは顔を上げる。


「…わかっておりました。
貴方は、いつだって真直ぐでしたから」

「ヴァン、デスデルカ…」



ふわりと、優しくヴァンは微笑んだ。
その笑顔に、昔を思い出す。












『ヴァンデスデルカ!』

『はい、なんでしょう』

『今日は、今日はずっと一緒にいられるの?』

『はい、ずっと一緒におりますよ。ガイラルディア様』












泣くな。

泣くな泣くな!


グッっと熱くなる目頭を、歯を食いしばって堪える。

あの頃のヴァンデスデルカはいないのだ。
あのヴァンデスデルカは殺したのだ。

俺の手で。

今、目の前にいるのはヴァンデスデルカではない、レプリカだ。


わかっている、けれど。




どうして、こうも昔を思い出してしまうんだ…。









剣を、抜く。
青く、透き通った刀身の向こう側に、ヴァンが見える。

「俺は、お前を倒して、エルトリアも倒す」


ヴァンも剣を抜き、構えた。

「ならば、力ずくで、エルトリア様の元へお連れします」











いつだって、

俺は一緒にいたかった。


分かり合いたかった。






ヴァンデスデルカ、お前と共に笑い合える日を、
夢見ていたんだ。










「馬鹿だな、俺も」

大地を蹴る。



火花が散って、金属音が響いた。

それとほぼ同時に聞こえる歌。



「ティア…」



ティアが歌っている。




「通牙連破斬!!」

「っ!!」
「ルーク!」


もの凄い衝撃に、ヴァンが弾き飛ばされる。



「ガイ!一人じゃないんだからな!」


はっとした。
そうだ、一人ではないのだ。
そして、ヴァンと戦いたくないと、思っているのも一人ではないのだ。
一気に視界が広がり、色鮮やかになっていく。

ティアの歌声が心に直接響いてくる。


後ろを振り返る。
ナタリアも、アニスも、ルークも、ティアも、
ジェイドも。

皆いる。


「そう、だな」
「そうだよ!」

ルークが隣に立ち、背中を叩く。


「行こうぜ!ガイ!」
「おお!」



既に態勢を整え、構えているヴァンに向かい、
ルークと二人、同時に地面を蹴った。





「負けないよ、俺達は」



















背負ってるものと、
思いの丈が違うからな。







そう言って、俺は笑った。

































血が噴出し、ゆっくりと、
ヴァンデスデルカは赤い大地に倒れた。

ルークと、俺の剣が刺さった箇所から血が止めどなく溢れる。

その様を、俺も、ティアも、ルークも。
誰一人目を背けずに、見つめていた。


「悪いな、ヴァンデスデルカ」
「い、え…」


口から血を溢しながら、ヴァンはまた微笑んだ。



その笑顔を見ても、
もう、昔を思い出さない。





「わ、たしは…エルトリア様に作られた…。
記憶も作られ、ほぼ、全ての記憶が、オリジナルと同じだった…だが…」


ヴァンの青い、海のような瞳がこちらを見つめる。

「貴方を想う気持ちは、作られたものでは、無いと…そう思っている」

ひゅーひゅーと喉を鳴らしながら、残った力を使い、紡がれた言葉に、
どこか温かいものを感じた。

血だらけの、赤く染まった手をきつく、握り締める。

「ガイラルディア様を想う気持ちも、メシュティアリカを想う気持ちも、
エルトリア様を想う気持ちも…作られたものでは、無いと…」

「わかっているよ」


そう言えば、また深く、ヴァンは微笑んだ。

ティアの、鼻を啜る音が聞こえる。
「ガイ、ラルディア様…一つお願いが、あります」
「何だ?」



「私、に、名前を付けて、下さい…ヴァンデスデルカのレプリカとしてではなく、
一人の人間として、消えていきたいんです」



乖離が始まった体は、薄く光り、少しずつ消えていく。
淡く光り始めたヴァンの手を離さぬよう、強く握った。

「わかった。じゃあ…『フェルディア』にしよう」

「フェルディア…」

「そう。『自由なる者』だ」




『ヴァンデスデルカ』から解き放たれて、
自由になった者。





「私は…やっと一人の人間に、なれたのか…」



満足そうに、幸せそうに
乖離していく光の中で『フェルディア』は笑った。


「ガイラルディア様、どうぞご無事で…」
「ああ」
「メシュティアリカ…ルークと、幸せにな…」

「…っ!!」

その一言に、ティアは遂に涙を溢した。
はらはらと落ちる綺麗な涙にフェルディアは目を細め、
そして。






輝く光の中、消えていった。