切欠は方印、だったと思う。

もう随分前のことでよく覚えていない。
というよりも、いつの間にか、本当にいつの間にか、
自然と芽生えた感情だったから。

何故、とか、いつから、とか、
そんなこと覚えてはいない。




ただはっきりと、言える事は一つだけ。












俺は妹を愛してしまった。


















貴方の全てに狂ってる

   
『君が欲しくて僕は狂ってしまったよ』
















「にーちゃ」


とてとてと、小さな足で一生懸命に俺の後を追ってくる妹。
女の子なのに、男の子のように元気に育てと、
『良守』という、男の子のような名前を付けられた、自分の妹。

7つ離れている妹は、いつも俺の後を付いて回って。
傍目から見れば、カルガモ親子のように見えていることだろう。

ピタッといきなり止まって見せれば、反応しきれず、
良守は見事に俺の足に顔面からぶつかった。

「良守、大丈夫か」
「んぅ〜」

ぶつかった鼻を擦りながら、涙目で見上げる。
俺の顔を見ると、安心したのか、陽だまりのような笑顔を見せた。

「にーちゃ!」

腕をめいっぱい上げて、小さな掌を俺に向ける。
その右手にはくっきりと黒い四角が浮かび上がっている。







昔は確かに、妹を疎ましく思った。
憎くも思った。
お前が生まれて来なければ、とさえ思ったこともある。

けれど、今はそんな感情は微塵もない。


唯一残った感情は

執着だけ。




方印への執着が妹への執着へと変わった時、
俺の世界は色を変えた。









まだ小さくて、軽い体を持ち上げ、腕に乗せてやる。
俺との距離が縮まったことに、良守は嬉しそうに笑う。
まだうっすらと目尻に残る涙を拭って、赤くなっている鼻を撫でる。

「痛かったか」

そう問えば、妹はぶんぶんと勢いよく首を振った。

「痛くないよ」

本当はまだ痛いくせに。

そんな妹が、可愛くて可愛くて。
俺は赤い鼻先に唇を落とした。

軽く触れて、ちゅっと音をたてて離れる。

「に、ちゃ…?」

大きな目を更に大きくして、見つめてくる。




嗚呼、もう愛しくて仕様が無い。





「痛くなくなるおまじない。ほら、もう痛くないだろう?」

そう言えば、真っ白で純粋な妹はあっさりと信じて。

「うん!痛くない!」

本当に嬉しそうに笑って抱きついてきた。
子供の高めの体温と、僅かに甘い匂いが心地良くて。










「にーちゃ、好き!」

「俺も良守のことが大好きだよ」











いつまでもこうしていれたらと思ったけれど、
それが叶う筈もないとわかっていた。
妹がいつまでも俺に懐いている筈もないし、
俺もこの先、この家に居続けている筈もない。
きっと全てが夢であったように、何もなかったかのように、
良守と俺の距離は離れてしまうだろう。

そう、確信があった。




けれど。
俺は諦めるつもりなんてさらさら無かった。

こんなにも愛しい存在を、諦めれる筈が無かった。



いつか、いつか。

この存在を手に入れて見せる、と。


この穢れない存在を、自分のところまで堕としてみせる、と。



そう、心に誓った。









思えば、あの時から、

俺は狂っていたのかもしれない。


















後悔なんて微塵もしてないけどな。













































「何しに来た」

「ただいま。何って、自分の家に帰ってきたんだけど」


あれから数年経ち、目の前にはすっかり成長した妹の姿。
この年にしては背は低めだが、胸は大きく膨らんでいて。
男の子のように髪は短いが、目は大きくてくりくりしてて。

若干粗暴に育ってしまった感はあるが、
可愛くて愛しいのは変わらない。



「おかえり、くらい言って欲しいんだけど」

「うるせー!滅多に帰ってこねぇ奴が何言ってやがる!」



くるりと後ろを向いて、すたすたと奥へ行ってしまう。
その後姿を見つつ、俺は喉を鳴らして笑った。


「相変わらず、可愛いな」





さぁて、どうやって手に入れようか。




愛しい存在を手に入れるために、何手先も手を考えながら、
俺は良守の後を追って家へと上がった。