貴方の全てに狂ってる
『さあ、一枚目のカードを切ろう』
太陽の光がオレンジ色がかってきた頃、
正守は家を出た。
最愛の、
愛して止まない妹を迎えに行く為に。
自分も昔、毎日通っていた道。
その道を歩きながら、
自分の姿を見た瞬間、妹はどんな反応をするだろうかと考えて
少し笑った。
きっと「何でここに来た!」とスカートを穿いてるにも関わらず
足を大きく広げて突っかかってくるんだろう。
その姿を想像し、あまりの可愛さにまた笑みが込み上げてくる。
可愛い
可愛い
本当に可愛い。
早く俺のものにして
食べてしまいたい。
自然と足早になる。
早く会いたくて、早く姿を見たくて仕方が無かった。
学校まで数百メートル。
あの可愛らしい姿を見ることができる、という興奮にも似た思いで歩いていた時だった。
「……っ…」
微かだったが聞き間違える筈が無い。
良守の声だ。
どこからか微かに聞こえた声。
その場に立ち止まり辺りを見渡す。
どこから、一体どこから聞こえた?
何か嫌な予感がする。
体の奥から寒気にも似たものが湧き出て全身に走る。
いつもの冷静さなんて微塵も残っていなかった。
「良守…!」
焦りが混ざった声が辺りに響く。
「…っ…に、き…!」
聞こえた。
自分を呼ぶ声が。
声の聞こえた路地に走っていく。
まだ明るい時間だというのに薄暗い路地裏。
その路地裏を更に曲がった先。
そこに良守はいた。
見知らぬ男に両手を押さえつけられて。
「あ、にき…!」
スカートを捲り上げられ、太腿に這わされる手。
首元に寄せられた顔。
何をされているかは一目でわかった。
恐怖で見開かれた瞳に涙を溜め、良守が俺を見つめる。
怒りで目の前が真っ赤に染まった。
もう、何も考えていなかった。
昼だから、とか一般人だから、とかそんなことは頭に全く無かった。
瞬時に結界を創り出し、男の横顔に形成の勢いのまま当てる。
「がぁっ…!!!」
派手な音を立て、路地の奥に吹っ飛ばされる。
歯が何本か折れたようだが、そんなことで許すわけがない。
こいつは良守に触れたのだ。
怒りは収まるどころか増していく一方で。
続いて創った結界で右腕を押し潰した。
男のうめき声と共に聞こえた鈍い音から骨が折れたのだろうと頭の隅で思う。
痛みのあまり気を失った男のもとに行き、見下ろす。
殺してやる。
結界で男の頭を囲い、滅しようと腕を振り下ろそうとした瞬間。
白くて細い腕がその腕に巻きついた。
「っ!?」
「兄貴…殺しちゃ駄目だ…!」
潤んだ黒い瞳が見上げている。
瞬きを一つすると、雫が流れ落ちた。
「もう、充分だからっ…!」
震えている体がいつもより細く、頼りなげに見えた。
「……」
本気で殺そうと思っていた。
良守が止めていなかったら今頃コイツの頭は吹き飛んでいただろう。
静かに、結界を解く。
そして包み込むように、優しく、
良守の頭を胸元に抱き寄せた。
「…帰ろう」
「…うん…」
家に帰るまでずっと、良守の体は震えていた。
「兄貴…」
寝ていると思い込んでいたので素直に驚いた。
あんな事があって夜、烏森に行ける筈もなく、
俺が代わりに行った。
人気の無い、静まり返った家に帰る。
すると其処には寝てると思い込んでいた妹が明かりも付けず、自分の帰りを待っていた。
「どうしたんだ?良守」
俯き加減に俺の前に立つ妹。
いつもとあまりに違うその姿に、
儚さに、
俺は良守の頬をそっと親指の腹で撫でた。
いつもならばその手を振り払っただろうが、
良守は黙ってその行為を受け、そして俺の目を見つめる。
闇の中でもその黒い瞳は光って見えた。
「…何で、助けたんだ?」
「何でって…」
「兄貴は俺のこと嫌いじゃん!なのに何で…今日、俺のこと助けたんだよ…」
その言葉に俺は驚き、目を大きくした。
「何言って…」
「兄貴は俺が正統継承者だから…憎んでるんだろ。だから家を出たんだろ…!
なのに、久しぶりに帰ってきたと思ったら優しくしたり、
今日だって俺のこと助けたり…なんなんだよ!兄貴は何がしてぇんだよ…!」
涙声、そして頬に置いた手に伝う涙に、
俺の心臓は一つ、大きく鳴った。
良守が欲しくて、
どうしても欲しくて。
罠をいくつも仕掛けて手に入れようとした。
自分に意識を向けようとしてきた。
けれど良守は今までずっと俺に嫌われていると、
憎まれていると思い込んでいて。
こんなにも悩んで、涙して。
まだ、カードを切る筈じゃなかったのにな…。
けれど、そうも言っていられない。
このままでは鳥は逃げていってしまう。
二度と近寄らなくなってしまう。
カードを切ろう。
このカードを見てもお前は
俺の傍にいてくれるか?
それとも
逃げて行ってしまうのか?
なぁ、良守…。
俺は。
「好きだよ」
「え…?」
暗闇の中だけど、良守に伝わるように、
通じるように、
優しく微笑む。
そして涙で濡れる顔を拭ってやった。
「嫌いな筈がない。俺は、お前のことが好きなんだからね」
「ほんと…?本当に…?」
ああ、今、ここが明るければよかったのに。
お前の顔が見たいよ、良守。
「本当だよ」
「…っ」
胸元に良守が飛び込んできた。
背中に腕を回して、顔を押し付ける。
「良かった…」
男とは違う、柔らかで細くて、小さな、抱き心地の良さに、
良守の甘い香りに、
俺は酔い痴れ、強く、強く抱き締めた。
「好きだ、好きだよ。良守」
この『好き』の本当の意味をまだ、お前は知らなくていい。
けれどいずれ、本当の意味を知ることになる。
その時、お前は
俺の腕の中に飛び込んだことを後悔するのだろうか。
それとも。